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小さな話(88)

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正月休みに本を読もうと思い、図書館で色々な本を借りて来た。
私の読む本はなにかキッカケがあるか、たまたま目に入ったからという本である。
特に決まったジャンルは無く、手当たり次第という感じだ。

以前は区役所隣の図書館に行っていたが、京橋に新しく「本の森」という図書館が出来て、家から遠いので月島図書館に行くようになった。その後、晴海に新しく図書館が出来て、ここが一番近いので、最近は晴海図書館に行っている

 立派な「中央区晴海図書館」

【アウト老のすすめ】
中学・高校時代の同級生の作家「嵐山光三郎」が昨年の12月に亡くなった。
遺作ともいうべき書籍に「爺の流儀」がある。
その本を図書館に購入するように依頼してあったが、本が用意出来たとメールで連絡があった。書棚から引き取って驚いた。作者名に「みうらじゅん」と書いてある。

私は頭が混乱して来た。その本「アウト老のすすめ」は家に持ち帰って、改めて図書館の予約欄をみた。すると嵐山光三郎の本「爺の流儀」は予約欄に残っていている。題名が似ているようなので、ただ私が勘違いしただけだった。
段々と認知症に近付いているようで、かなり落ち込んだ。

 「アウト老のすすめ」

【知りたい!ネコごころ】
我が家には2匹の猫がいるが、猫は犬と違い呼んでも来ないが、自分の都合で私の膝に乗って来る。図書館で「知りたい!ネコごころ」という本があったので、猫のことをもっと知りたくて借りて来た。この本は猫の心理を科学的実験で調べたもので、なにしろとても面白い。

猫にも人間と同じ心理があるのではないかという疑問から、この実験が始まったのである。記憶には「なんとなく覚えているエピソード記憶」と「覚えようとして覚えている意味記憶」がある。

危険や餌のある場所を憶えている記憶、思い出の記憶が猫にもあることが実験で証明された。猫が窓際でいつまでも外を見ているのは、思い出に耽っているのかもしれない。

 「知りたい!ネコごころ」

【もうひとつの東京を歩く】
毎日の日課のように私は都内を歩き廻っているから、東京ならどこも行っていると思っている。そんな時に図書館で「もうひとつの東京を歩く」という本を見付けたので、私の行ったことのない場所があるに違いないと思い借りて来た。

その中で初めて知った場所があったが、そこは1942年4月18日に東京に初空襲があった尾久である。
そこは現在の都電荒川線の「熊前駅」近くで、B25爆撃機が16機で焼夷弾を落とした。
当時はかん口令により実際の被害は国民には知らされなかったが、死者10名・重傷者48名であった。

その時の様子を朝日新聞は『けふ帝都に敵機来襲。九機を撃墜。わが損害軽微。沈着なる隣組大活躍」と嘘を報じたのである。爆弾が落とされた場所はいまは熊野前保育園になっているらしいが、近い内に見に行くつもりだ。

「もうひとつの東京を歩く」

【葬送のお仕事】
最近はなぜかTVコマーシャルで、火葬場経営の「東京博善」が宣伝している。
東京23区には9か所の火葬場があり、その内の7ヵ所が民間経営で、更にその内の6ヵ所が「東京博善」の経営である。新聞で「料金が高過ぎる」と告発され、東京都が調査をすることになったのとコマーシャルは無関係ではないように思う。

この本を借りたのは、東京ビッグサイトで少し目に開催された葬儀関係の見本市に行き、東京博善の講演会を聞いたからである。
本の内容は誰かが亡くなってから、骨壺に入るまでを順を追って解説している。

そんなことより葬儀では嫌な思い出がある。父が亡くなった時にやって来た菩提寺の若い独身僧侶が、葬儀中に今でいう熱中症で倒れた。母の時は同じ僧侶が交通事故で来られなくなり、代理の僧侶が来た。葬儀にはツイていない私だ。

「葬送のお仕事」

【絶滅危惧 個人商店】
この本の著者は「あとがき」で書いている。
『ここにあったあの店が、いつの間にか消えている。チェーン店に変っている。そんな光景に出くわすたび、「さみしいなー」と思う。大変に失礼な物言いだが、個人商店が「絶滅の危機に瀕している」という思いに駆られたことが、本企画のきっかけだ』。そして都内の個人商店18店を訪ねて話を聞いた話である。

私はその中から麻布十番の「コバヤシ玩具店」を見に行った。
麻布の中央通りを100メートルほど進むと十字路があり、その交差点を渡った左側角に「コバヤシ」と書かれた店があった。なかなか立派な店で、とても「絶滅」という感じは無く、本の題名は失礼ではないかと感じた。

中に入ると子供用のおもちゃが満載で、所狭しと並んでいる。最近の電子式のおもちゃは無く、ほとんどが1000円以下だった。
場所もいいし、次々とお客が入って来たので、絶滅はしないと思う。

 「絶滅危惧 個人商店」

【これでも いいのだ】
この本の題名を見た時に、すぐに「赤塚不二夫」の「天才バカボン」のパパのセリフ「これでいいのだ」を連想した。「これでいいのだ」は失敗した時など色々な場面で、確かに心を穏やかにしてくれる効果がある言葉である。

それですぐに借り出したのだが、赤塚不二夫とは関係ない女性のエッセイだった。
「これでいいのだ」と思って借りて来たら、少し違って「も」が入り「これでも いいのだ」だった。45歳の独身女性の著者が、仕事をしながら気ままに暮らす中での出来事を風刺を交えて書いている。
そして最後に「これでも いいのだ」と結論づけていた。

「これでもいいのだ」

(おまけの話)【昭和館】
テレビのニュースで天皇皇后両陛が「2025年 報道写真展」を見に行かれたことを知らせていた。「私より後だ」と変なことを考えていたら、次に12月21日に天皇皇后両陛下と愛子内親王殿下が九段の「昭和館」に行かれたと報道していた。

私は昭和館で現在展示中の「石川光陽写真展 戦時下の東京」はまだ見ていなかったので、先を越されたが私も天皇陛下ご夫妻に遅れて見に行った。
場所は地下鉄「新宿線」の九段下駅を出たところで、靖国神社とは道路を挟んで反対側になる。私は今までに何度か行っているが、常設展示室と特別展示室がある。

 九段の「昭和館」

特別展が無料で常設展が有料というのも、通常の展示会と逆なので少し変ではないかと感じた。私は常設展示も見るので、65歳以上の割引で「360円」を支払った。
館内は「撮影禁止」になっているので、入館前の場所に展示してある「青空教室」の模型の写真を撮った。

「青空教室」と聞くと、若い人は「気持ちがいいんだろうなー」と思うかもしれない。
しかしこれは戦時中に空襲で校舎を失った学校が、やむを得ず校庭で授業を行ったのである。館内は7階と6階が常設展示で、5階は映像、4階は図書、3階が特別展示である。

 「青空教室」(昭和館)

常設展示は当時の家屋や道具などを展示してあり、私にはとても懐かしいものばかりだ。戦争中のことを覚えている年齢ではなかったが、戦後の混乱期の模型や写真は当時を思い起こさせる。小学校の給食で出されたアメリカから支援品の「脱脂粉乳」の展示があったが、あの不味さを思い出した。

戦争中の防空壕は我が家にもあったが、館内の展示では撮影OKなので中に入って自撮り写真を撮った。
特別展示は「戦後80年 リバイバル展示 石川光陽写真展 戦時下の東京」だった。
中学生の団体が見学に来ていたが、当時を知る高齢者にお勧めの施設である。
写真撮影は禁止だが、昭和館が紹介している動画があったので、下に載せてある。

 防空壕の模型(昭和館)

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伊達季節移住のススメ

心の伊達市民 第一号

北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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コメント(3件)

  • 嵐山光三郎はみうらじゅんと並べたら怒ると思いますが、嵐山光三郎は僕には少しインテリすぎます。歳をとるごとに「ふざけた」「なめた」人間となって人生を完成としたいと思う今日この頃です。笑

  • 昨日はヘソの居所が悪くてブログを休んでしまった。
    「昭和館」には思い出がある。九段下駅近くの昭和館へは謡の稽古の前に小休止しながら戦後のニュース映画を観ていた。ブログに出ている13分の映像に見入ってしまったのもその思い出があったからだろう。友人三人でランチ後のひと時を過ごし稽古前の緊張を解していた。今はその友人二人は居ない! 時は流れて過ぎ去った!

  • 昭和館のヴィデオは圧倒的です。我が両親が過ごした時代がこれです。徴兵、海外の戦地、戦争(殺し合い)、国家総動員法、集団疎開、学徒工員、勤労動員、金属回収令、配給制度、など全く信じられない強制と圧迫の、死に直面した日本人の生活が生々しく冷静に語られています。
    グルメ番組に浮かれている現代の人々に是非見てもらいたい。

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