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写真で見る東京(122)・・江戸東京博物館

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【100日前】
私が好きな「江戸東京博物館」が2022年に閉館となり、大規模改修工事をしていた。
それが2026年3月31日にリニューアル・オープンする記念として、「100日前」というイベントを行うと知った。

開催期間は12月18日(木)から21日(日)で、私は2日目の19日に両国まで行ってみた。
大江戸線の両国駅は、JR両国駅からは江戸東京博物館を挟んだ反対側にある。
イベントもJR両国駅の方で行われるようなので、江戸東京博物館の外塀沿いに歩いて行った。

改装工事中の「江戸東京博物館」

JR両国駅の手前の左手の坂に、人が並んでいるのが見えた。
その道は鉄道関係者が駅構内に入るための道のようだったが、人が並んでいるなら行くしかないと思った。坂を上った先にはお揃いのユニフォームを着た係員が待っていて、『鴨南蛮の振る舞いは、こちらにお並び下さい』と言われた。

彼の持つ大きなプレートには「江戸東京博物館 リニューアルオープン100日前記念イベント 鴨南蛮の振る舞い 最後尾 無料で参加いただけます」と書いてあった。
「両国なら昼飯を何にしようか?」と思っていたので、参加することにした。

 「鴨南蛮」の振る舞いの案内

列の先にはキッチンカーが停まっていて、そこで鴨南蛮を提供しているらしいと分かった。10分ほど並んで私の番が来た。手渡されたのは小さなお椀程度のプラスチックの器に、少しの蕎麦と鴨肉か合鴨の肉が2枚とネギが入っていた。

それを持って先に進み、3番線ホームに用意されたテーブルで食べた。
量が少な過ぎてランチにはならなかったが、美味しかった。

 「ミニ鴨南蛮蕎麦」

「鴨南蛮」を食べ終って、更に先に進む。
3番ホームなので、右手に下にはレールが見えている。
左手の壁には江戸情緒を感じさせる浮世絵が描かれている。

その手前には何枚ものパネルが立ててあり、リニューアル後の館内の様子を見せている。ホームの端には「江戸」に関するクイズが絵と共にあり、答えは紙をめくると分かるようになっていた。向い側は一段高くなっていて、総武線のホームなので乗客が電車を待っているのが見える。

「JR両国駅」の3番ホーム

3番ホームを先に進むと、和傘が並んでいる場所に出る。
駅のホームと和傘という取り合わせが、なんとも不思議な感覚になる。
これは暗くなると電気が灯されイルミネーションになるようで、「夜は綺麗だろうなー」と想像できる。

この3番線ホームは現在は使われていないが、以前は総武鉄道が使っていたホームだそうだ。その頃は本所から成田までの直通列車も運行されていた。
それが時代と共に始発駅が変ったりして、現在はたまに臨時列車や団体列車が停まるだけになっている。

「和傘」のアート展示

3番ホームから階段を降りて改札口に向かう通路には、リニューアルオープンする時の展示物が並んでいた。説明文を読むと、だいぶ期待できそうだ。

『館内には再現された江戸時代の木製の日本橋のほか、6階常設展示フロアに新設された「服部時計店」を公開。文明開化期の東京を象徴する建築として実物大で再現し、東京ゾーンの入り口に位置付ける・・・』

『模型の背後では大型映像を投影し、展示物と映像を組み合わせた新たな空間演出を披露した。芝居小屋「中村座」が、来館者から寄せられた「中に入っていたい」という声に応える形で、内部に足を踏み入れられる体験型展示に生まれ変わった』とある。

 オープン時のサンプル展示

「鴨南蛮」の列に並んでいる時に、係員からこの日の案内が書かれた紙を渡された。
そこにはイベントの数々が書かれていたので、用事も無いのだから参加して見ることにした。駅前広場ではピンバッチを作ってくれるコーナーがあった。

いくつかの絵柄から自分の気に入ったものを選び、丸く切り抜いて係員に渡す。
するとその場で専用機械で、ピンバッジを作ってくれた。私は「祭」を選んだ。
紙にはスタンプラリーもあったので、それも参加した。6ヵ所の関係先の内の3ヵ所のスタンプを押せば、飴がもらえる。

どんな飴か分からなかったが、3ヵ所を巡って3番ホームで賞品と交換したら、小さな金太郎飴が少しだけ入った袋を渡された。まあそれなりに楽しめた「100日前」のイベントだった。

イベントのピンバッジ「祭」とスタンプラリーの賞品の「飴」(右)

(おまけの話)
「力士像」
両国駅の改札口を出て左の回向院方向へ進むと、道路の両側に大相撲の横綱の銅像が立っている。力士像は東側に4体、西側に3体の計7体あり、不知火型のせり上がり、雲竜型のせり上がり、四股前、柏手を打つ前など、夫々異なり両国らしさを感じさせてくれる。

台の下には横綱の手形があり、一部が光っている。
みんなが自分の掌を横綱の手形に乗せて、その大きさの違いを比べているのだろう。
私もやってみたが、指先までが4センチくらい違う大きな手だった。

 道路の「横綱力士像」

「ねずみ小僧の墓」
力士像を見ながら進み、T字路の突き当りの京葉道路を渡った「回向院」に行った。
この寺には「ねずみ小僧次郎吉」の墓がある。本堂の前を通り過ぎ、裏の入口に近い場所に「ねずみ小僧」の墓はある。

「ねずみ小僧」は江戸時代の泥棒で、金持ちばかりから大金を盗み、庶民にばらまいたとも言われている義賊だ。 いつしか墓を削って持っていると「金運が良くなる」と言われるようになり、墓が削られるようになった。

そこで回向院では「お前立ち」という削るための墓石が墓の前に用意されるようになった。写真中央より少し左に見える白い石が「お前立ち」と呼ばれている石である。

 「鼠小僧の墓」(回向院)

「吉良邸跡」
回向院の裏手の近くに「吉良邸跡」がある。
これは「忠臣蔵」でお馴染みの、四十七士に討ち取られた「吉良上野之介義央」の元屋敷である。当時は2500坪の広大な屋敷だったが、義士の討ち入り後に没収された。
現在は100坪にも満たない小さな記念公園である。

吉良上野之介は映画や芝居では悪役だが、彼の地元の愛知県吉良町では「名君」だそうだ。上に出て来た「回向院」だが、義士が討ち入り後に回向院に休憩を申し出たところ、断られたと言われている。

義士達は仕方なく永代橋まで進み、そこにあった乳熊屋(ちくまや)味噌店の主人が義士の1人である大高源吾の俳諧の友であったことから、泉岳寺へ引き上げる途中で「甘酒」を振舞われたそうだ。毎年12月14にはこの場所で無料で甘酒が振舞われているが、私も飲んだことがある。

  「吉良邸跡」

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伊達季節移住のススメ

心の伊達市民 第一号

北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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コメント(1件)

  • 工事中閉館でも、人々に忘れられないようにイヴェントを開催する。なかなかの、サーヴィスです。
    年賀状というものも、リタイア後、人々に忘れられないようにするのに役立っている、のかも?

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