久し振りに、本郷の東京大学に行った。
私が加入している「日本尊厳死協会」のセミナーが、東京大学で行われるのである。
地下鉄「大江戸線」で「本郷三丁目駅」で降りると、「東京大学」へ行く表示がある。
コロナ騒動の時は大学関係者以外は入れてくれなかったが、いまは誰でも入れる。
「入れる」と言っても入学ではなく、「構内に入る」のである。
「赤門」の前に行ったら、いまは柵がしてあり入れなくなっていた。
赤門前には看板がありそこには、「赤門脇の二棟の番所は耐震基礎診断の結果、耐震性能が低いことが分かりましたので閉門します」とあった。そこで赤門が使えないので、少し手前の門から入ることになっている。
折角、東大に合格し赤門から胸を張って入ろうと期待していた新入生とその親は、「隣の普通の門」から入るのでは、さぞガッカリしているだろう。
隣の門から構内に入り、赤門の裏手に出た。
そこは道路の両側に植えられた銀杏が、黄葉の真っ盛りだった。
多くの人達が観光に来ている。アジアからの若者も多い。
ジジババは小さな椅子に座って写生をしている。
私も思わず小さな三脚をバッグから出して、自撮り写真を撮った。
東京大学の構内は、なぜか銀杏の木が多い。
いまはそれが一斉に黄葉しているので、明るい雰囲気となっている。
突き当りを左折して、洒落たトンネルをくぐると右側に安田講堂が見えて来る。
ここの道路にも銀杏の木が植えられていて、多くの人が写真を撮っていた。
彼らは「全共闘」が安田講堂を占拠して、警視庁の放水を浴びた事件を知っているだろうか? あの事件は1969年のことなので、もう54年も前のことだった。
セミナーは午後1時からなので、少し早めに行った私はランチをすることにした。
会場のある「伊藤国際学術研究センター」に行くと、1階に洒落たレストランがあった。中に入りランチメニューから「パスタ」を注文した。
ランチは3種類だけで、メイン、野菜サラダ、コーヒー付きで1300円だった。
学生が食べるレストランではないと思ったら、レシートに「椿山荘」と印刷されていた。
「伊藤さんとは誰か?」と思い調べてみたら「セブンイレブンの名誉会長夫妻」で、2人から寄付された建物だった。食後に地下2階の「伊藤謝恩ホール」に行った。
かなり立派なホールで、収容人員は約400名だった。
今回で12回目のセミナーで、「緩和ケアの現在・痛み苦しみにどこまで対処できるか」がテーマで、6人の講師が登壇した。途中で15分の休憩を挟んで、13時から16時30分までだった。講師は医師で、尊厳死に賛同している人達である。
「癌」、「心不全」、「慢性肝臓病」、「在宅緩和ケア」などの話だったが、とても参考になった。亡くなる前には痛みを伴うことが多くあるようだが、現在では緩和ケアが進み大分楽になったようだ。
特に私が興味を持ったのは、「モルヒネの使い方」で、現在は「クモ膜下腔」にモルヒネを投与すると、従来の10分の1の量で済むとのことだった。
会場には高齢者ばかりではなく、中年の女性も多く見られたので、きっと彼女達は高齢の親などの介護をしているのだろうと思った。
(おまけの話)
赤門前から本郷通りを更に進むと、500~600メートルで交差点に出る。
その先の右側が東京大学農学部である。
校門「農正門」を入ると、左側に「忠犬ハチ公」の像がある。
ここのハチ公は飼い主の東大教授「上野英三郎博士」と、じゃれ合っている姿である。この像が作られたのは割合に新しく、2015年である。
「忠犬 ハチ公」は正式名は「ハチ」である。
秋田県大館市で生まれた「ハチ」は、1924年に鉄道小荷物で東京大学農学部の上野博士のところにやって来たのである。学生たちは尊敬する上野博士の犬なので、「ハチ」と呼び捨てに出来ず「公」を付けたのである。
1925年に上野教授は東京大学内で急死し、帰らぬ人となった。
それを知らずにハチは毎日10年間、渋谷駅に飼い主が帰って来るのを待っていたのである。そして待ち続けた後に、フィラリア症で亡くなった。
今では渋谷駅前の「ハチ公」像に、海外からの観光客が大勢、訪れて記念撮影をしている。実は「ハチ公像」は渋谷、東大農学部の他にもある。
1つは「ハチ公」の生まれ故郷のJR大館駅前、2つ目は秋田犬会館、そしてもう1つは神様になった「ハチ公」である。
それはJR大館駅のホームに「ハチ公神社」となっている。
海外ではアメリカ・ロードアイランド州にあり、ハリウッド映画となった「HACHI 約束の犬」のロケ地にもある。
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