【終活セミナー】
毎朝のラジオ放送で、ニッポン放送が「終活セミナー」の参加募集をしていた。
私は既に終活は終えているが、「どんなものか?」と思い応募した。
するとしばらくして『終活セミナーご当選のご連絡』がメールで届いた。
有楽町駅近くのニッポン放送に行くと、地下2階のイマジン・スタジオに案内された。
会場には高齢者ばかりが100名ほど来ていて、間もなく始まった女性講師の話を熱心に聞いていた。
約1時間半の講演だったが、私には目新しい話はなく飽きてしまった。
でも最近は小さな「当選」が増えて来たのは、喜ばしい。

【2人の感想】
少し前に昔の私の会社の社員とベトナム人実習生だった男を案内して、レインボーブリッジを歩いて渡った。
その時に多くの写真を撮り2人に送ったら、その時の感想をメールで返信して来た。
Kさん『都内の観光は名前などは知っていましたが、実際に見る、歩くと物珍しく楽しかったです。またランチのレストランも高級な内装で、ゴージャスな気分を味わうことが出来ました』。
ハンさん『何ヵ月も前からの計画を実現することが出来ました。日本の橋梁建設技術には本当に感銘を受けました。東京は地価が高いことで有名ですが、それでもコミュニティのための遊び場や公共スペースが優先して確保されているのですね。お台場はとても広々としていて、開放感がありました』。
ハンさんのメールを読んで違和感を感じた。彼の日本語能力ではこれは書けないので、きっとAIで作成したに違いない。私はもしかして現役の時は製造業ではなく、観光業が向いていたのかもしれない。

【秋の気配】
朝晩は涼しくなり、やっと秋の気配を感じるようになった。
北の国では紅葉が綺麗なようだが、東京では紅葉にはまだかなり早い。
それでも木には実が生っているのを見掛けるようになった。
勝鬨橋を渡り右に曲がりしばらく進むと歩道の両側に「まゆみ」が植えられていて、小さな可愛い実を付けている。
もう少し経つと、この実が赤みを帯びて来て弾けて種が見えるようになる。
そして葉が紅葉する。あと10日もすれば、実が赤みを帯びて来そうだ。

【カリン】
八丁堀の「本の森ちゅうおう」に、本を探しに行く時に「江戸バス」に乗って行った。
聖路加国際病院の停留所で左側を見たら、カリンの木が鈴なりだった。
この木にこんなに沢山のカリンが生ったのは初めて見た。
それなら「あかつき公園」のカリンの木にも生っているだろうと思い、帰りに立ち寄った。
ところが公園のカリンは既に最盛期を過ぎていて、木には少しのカリンしか残っていなかった。
地面に落ちていたカリンを3個拾い、木をゆすってみたら、大きなカリンが1個、落ちて来た。合計4個を家に持ち帰り、よく洗ってから私の部屋に香料として置いた。

【ギンナン】
「本の森ちゅうおう」から宝町まで歩いて行き、喜多方ラーメンを食べた。
そこから銀座まで歩こうと思ったら、歩道に沢山のギンナンが落ちていた。
ギンナンはそこを歩く人達に踏み潰されて、辺り一面に強烈な甘い香りが漂っていた。
今年は雨が多く、農家は農作物の不作とクマの出没の被害にあっている。
ところが東京では「まゆみ」、「カリン」、「ギンナン」が豊作である。
中央区を歩いただけで、ありがたいことに自然から秋の気配を感じた日であった。

(おまけの話)【銀座のビルとビルの間】
少し前のブログに「高山では隣の家との境は壁や柱が共有」と書いたら、いつもコメントを書いてくれるLA在住のIさんから次のようなコメントがあった。
『高山の住宅が隣と柱や壁を共有している話はとても興味があります。今度、銀座に出掛けたら、ビルとビルの間は何センチくらいの隙間を作っているのか、観察して下さいますか?』。
アメリカから頼まれたのだから、私はビルとビルの間の距離を測るために巻き尺を持って銀座に出掛けて行った。銀座1丁目から6丁目までの表通りと、裏通りを歩いて「どうなっているのか?」を調べた。
最初は銀座1丁目のコージーコーナーである。隣のビルとの隙間は(59.5センチ)であった。その隙間には立派なステンレスの扉が設けられているが、特に奥には何も無かった。

1丁目から4丁目に向かって左側を歩いたが、特に変化は無かった。
隙間も何故かビルによって広さが違うが、その理由は分からない。
2丁目で右側に移動してみたが特に変りはなく、壁の共有は無くみんな隙間があった。
今年の日本一の地価の「明治屋ビル」は、隣との隙間が(73センチ)だった。
真珠のミキモトはさすがと言うべきか(98センチ)、中にはたった(11センチ)のところもあった。11センチでもお互いに外壁があるので、「どうやって壁を塗ったのか?」と不思議でならなかった。

銀座4丁目の交差点を渡り、すぐ右側には1663年創業の和紙等の「鳩居堂」がある。
ここは以前は日本一の地価だったが、いつの頃からか明治屋ビルに地位を譲っている。
「鳩居堂」の隣との隙間は(36センチ)で、その先の「ワシントン靴店」は(74センチ)だった。
6丁目から裏通りに入り、並木通りの「空也」を調べたら(30.5センチ)だった。
『裏通りは壁を共有しているのでは?』と思ったが、表通りと同じであった。
しかし隙間は11センチから98センチまで色々あるが、その理由は分からなかった。

最後に「特別編」である。
晴海通りで銀座4丁目交差点を過ぎ、西五番街を左に入る。
少し行くと右側に「鳥ぎん本店」の赤い看板が見えるので、その路地を右へ入る。
この道は元はかなり狭い路地だったと思われるが、現在は人が通れて西並木通りに抜けられる。
「なにが特別か?」と言うと、上を見上げるとビルの2階の床が見えるのである。
これはビルの1階部分だけを引っ込めて路地を広くすることにより、それまでは商売に向かない場所を店として使えるようにしたアイディアである。
通路の下に見える線が本来のビルの建てられる位置で、諺にもある「小を捨てて大に就く」である。

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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。
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スポーツジムの友人が「【終活セミナー】」の講師としてエンディングノートの書き方などの教室を開催している。周りの仲間はほとんどが未亡人の独り身なので競って(?)参加するようだ。日野市ではエンディングノートを無償で配布して推奨している。
巻き尺を持って、天下の銀座通りを歩いてビルとビルの間を測って下さりありがとうございます!こんな作業をお願いしてしまって恐縮です。建築学科の2年生の頃、夏休みの宿題で、界隈、と言う課題があり、街や町を観察する習慣がつきました。なんかその当時のことを思い出させてくれました。
ビルとビルの隙間は、一見ゼロに見えますが、実にさまざまなのですね。60センチというのは、人がやっと通れるような隙間で納得できますが、それ以下のもあり驚きです。これは貴重なレポートであり、大切に保存いたします。