【麻布台のスペイン村】
新聞の記事で飯倉片町にある「麻布台スペイン村」という、初めて知る場所が出ていた。
そこで早速、見に行ったのだが、少し小高い場所の古い静かな住宅街だった。
「スペイン村」と呼ばれたのは「昭和11年頃に建てられた洋風集合住宅で、当時5棟が建てられた」が3棟が現存しているらしい。
住宅街を歩いて探したが、印があるのではないから分からない。
突き当りの家で奥さんが道路に水を撒いていた。私が声を掛けると嫌な顔をした。
『家の写真を撮ってもいいですか?』と聞いたら、『駄目です!』と強く言われた。
もしかして私をいま話題の「闇バイト」と間違われたのかもしれない。

【ウナギの話】
年をとると食べ物の好みが変るのを、自分の体験で知った。
私は以前はウナギが大好きで、「最後の晩餐は野田岩のうな重」と公言していたほどだ。
ところがいつの頃からか、ウナギをあまり食べたくなくなってしまった。
ある時、図書館で「結局、ウナギは食べていいのか問題」という本を借りて来て読んだ。
この本はかなり専門的なのだが、「目から鱗」ということをこの本から学んだ。
「鮭は生れた川に戻る」が、「ウナギ」はマリアナ諸島付近で生れ、海流に乗ってアジアに流れ着く。そして川で育ち、また生まれた海に戻るのである。だからウナギを川に放流しても、その川に戻らないから無駄なのである。

【ホッキョクグマ】
「スペイン村」までの往復を歩いて行ったので、汗びっしょりになった。
そこでミッドタウン六本木まで行き、クーラーの入っている「富士フィルム・スクエア」で写真展を見ることにした。
今回の写真展は星野道夫氏の「NANOOK ホッキョクグマ 氷原の静かなる物語」だった。企画には「星野道夫氏没後30年にあたる2026年、作品に登場する生き物の中で、これまでに唯一写真集にまとめられていないテーマ、ホッキョクグマの未発表作品を多数展示します』とあった。
涼しい展示会場で、寒い氷原のホッキョクグマの写真をたくさん見せてもらい、汗も引っ込みとても涼しくなった。しかも「写真撮影 OK」が嬉しい。

【ミッドタウンザウルス】
「ホッキョクグマ」を見た後に、ミッドタウン六本木の本館に行ってみた。
そこでは特にイベントも行っていないようなので、地下1階に降りて大江戸線に乗ろうと思った。
すると前方の広場になんだか派手な色遣いの、大きなものが置いてあるのが見えた。
近付いてみたら恐竜だった。看板に「ミッドタウンザウルス」と書いてあった。
これはアーチストの関口 光太郎氏が企画し、子供たちの参加を得て完成したものだそうだ。
彼の言葉には『平らな紙も、くしゃっと丸めてガムテープで巻けば、立体的な彫刻に!参加者それぞれが「ミッドタウンザウルス」のパーツを制作し、順に取り付けることで、2日間をかけて少しずつ大きな恐竜を完成させていきます』とあった。

【男の日傘】
暑い日が続いているが、今年は特に暑いように感じる。
私は冷たい水と「塩あめ」を持ち、麦わら帽子を被って出掛けて行く。
道行く女性には「ハンドタイプの扇風機」(ハンディファン)を使っている人も多い。
中には首にバッテリー式の、クーラーを付けている人さえいるのには驚かされる。
外の仕事の男達は、今年はほとんどが空調服を着ている。
最近、増えて来たのが、「男の日傘」である。少し前は「男が日傘なんて!」と思われたが、今年はそういう言葉も聞かれなくなった。

(おまけの話)
ベトナムで私の関係している「ESUHAI」という会社が、8月に創立20周年を迎えた。
私は7月頃に20周年記念パーティに誘われたのだが、高齢を理由にお断りした。
創立10周年の時は私はまだ10歳若かったので元気で、わざわざホーチミン市まで出掛けて行った。
少し前のブログ(ブログ閉鎖中の話題)で、その時の話を書いていた。
そのブログを自分で読んで、「もう10年も経ったかー」と感慨に耽っている。
私はベトナムで親しくしていた副校長のM女史から、20周年記念パーティの写真が大量に送られて来た。

ESUHAIの社長のソンさんは今から25年くらい前に、私の会社に飛び込み営業でやって来た。それが縁でベトナム人実習生を採用し、その後、彼が独立し会社を興した時も相談に乗った。
25年は昔のようでもあり、少し前のようでもある。
今では日本へ実習生を送り出す、ベトナムを代表するような人材派遣会社となった。
自分が関った若者が成功する姿を見るのは、とても嬉しい。
10周年の時に行ったので、写真を見て今回の現地のパーティの様子が良く分かる。
ベトナム人は歌や踊りが大好きで、今回も日本語の先生、社員、生徒たちが芸能人のように歌い踊っていた。

20周年記念パーティはホーチミン市のイベントホール「GEM CENTER」で行われ、700名の参加者だったそうだ。
私は現地に行けないので、その代わりに祝辞を書いてメールで送信しておいた。
ところが写真には私とベトナム語に翻訳された祝辞が、巨大な画面に映し出されているのには驚いた。しかも酒を飲めない私がワイングラスを持っている。
右端の司会者と比べると、その大きさが分かる。
これは何かの時の私の写真を、「生成AI」で加工したのだろう。
こんなところに私には関係ないと思っていた、「生成AI」が登場したことにはビックリである。これを見て「もう私の出る幕は無い」とハッキリと自覚した。

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北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。
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コンクリート塀に囲まれ広大な敷地の「麻布台」の屋敷にそびえる数々の樹木は、お屋敷という雰囲気を演出するのにふさわしい。長い歴史を思わせる佇まいに「麻布台」を見る。
公共の道に面した建物は、もう既に公共にあけっぴろげているのだから、いつ写真を撮られてもいいですよ、と言っているのと同じだと思う。みんな警戒心が強くなり、自己防御が先行しているのだなと、貧しい気持ちになります。