夕方にはまだ時間がある頃にカミさんが聞いてくる。
「今日の夜は何にする?」
「うーん……キャベツと豚肉があったかな。塩麹で炒めて、あとは味噌汁か。」
「いいね。それでよろしく。」
子どもたちがいなくなって、カミさんとふたり。それにワンズ。大学生の頃はしょっちゅう東京から帰省していた末娘も社会人になったいま、4人の子どもたちで賑わっていた日々は、とりあえずひと区切りついた。
これまで、カミさんが主に家族の料理を作ってくれてきた。子どもがひとりでも一緒に暮らしていると、食事のメニューにも自然と気が入っているのがわかった。健康を気にかけ、好みを考え、ちゃんと作ろうという気持ちが湧いてくる。ところが二人きりになると、これが実に適当になってきた。
30年以上経てば、新婚当初にあったであろうカミさんの料理への情熱も、俺への愛情も、さすがに褪せてくる。4人分の食事を何年も作り続けてきた「やりきり感」も重なって、最近は料理そのものが面倒くさいものになってしまったようだ。その分、俺が台所に立つ機会が増えた。
ネットには簡単レシピが溢れているから、美味そうに見えるものをそのまま作れば良い。だが、手のかかりそうな料理は自然と後回しになる。60年以上生きてきたせいか、普通の料理でも十分に満ち足りるようになってきたのだ。
もちろんたまには美味い和食を食べたくはなる。しかしあの美食家魯山人は「行き着くところはめざしのような素朴なもの」と語ったという。手の込んだものこそが美味しいわけではない、という境地は、年を重ねるほど腑に落ちる。
その素朴さの極みが、我が家の毎日の朝食かもしれない。味噌汁と納豆と卵かけご飯。味噌汁は野菜室にあるものを刻んで、自家製の味噌と合わせるだけ。先日、久しぶりに次女が帰国したとき、「向こうでは食べられない」と言って、卵かけご飯(いまはTKGというらしい)を心ゆくまで味わっていた。新鮮な生卵をそのまま食べられるのは、世界でも日本くらいのものだ。
そんな「美食」を毎朝当たり前に口にできることを、しみじみ幸せに思いながら、今日も手を合わせていただく。

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美味しそうな理想の朝ごはんですね!いい感じです。