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安否確認

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北海道・三陸沖で大きな地震が発生した。幸い揺れさえ感じなかったが、東京方面ではテレビのニュースで盛んに報道されていたらしい。我が家にはテレビがないので全く気づかなかったのだが、何人もの人から安否確認のメッセージが届いて、それで初めて状況を知り、むしろこちらが驚いた。今回の経験で、「安否確認」というものについて改めて考えさせられた。

大きな自然災害が起きたとき、相手の無事を確かめようと電話やメッセージを送るのは、ごく自然な行動だ。しかしよく考えると、これは本質的に「送り手が自分を安心させるための行為」ではないだろうか。安否確認をしたところで、受け取った側には何の実質的な助けにもならない。「気にかけてくれてありがとう」と思う程度のことだ。それどころか、本当に大変な状況にある人にとっては、殺到するメッセージへの対応が余計な負担になることすらある。

かつて年賀状を出していた頃、「返信が来ない」とわざわざ文句を言ってくる人がいた。手紙でもメッセージでも、それは送り手が自分の意志で送るものであって、相手に義務を生じさせるものではないはずだ。「常識」とされている行動の中には、こういった一方的な思い込みが紛れ込んでいることがある。

大規模な災害時には通信インフラが逼迫し、本当に必要な連絡が繋がらなくなることもある。安否を案じる気持ち自体は尊いが、すぐに連絡を取ろうとするのではなく、まずはしばらく状況を見守るという選択も、相手への思いやりの一形態かもしれない。

もっとも、こんなことを言う自分は、薄情な人間なのだろうとも思う。

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犬と暮らしとカヤックと

kayaker

豊浦町でワンコたちと暮らし、たまに海で遊ぶ日常をつづります。

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