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圧力釜

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今日はカミさんが、大豆から自家製の味噌を仕込んでいる。

台所に引っ張り出されてきたのは、普段はすっかり出番のなくなった圧力釜とカムカム鍋だ。年に一度、このときだけ現役に戻るこの二つの器具には、思い出話がある。

脱サラして東京から札幌へ家族で移り、小さな貿易商を始めた頃のことだ。もう30年前になる。そう気づくと、我ながら驚く。当時の俺は師匠たちとよく飲み歩いていた。澄川の小さな飲食店街がお気に入りで、旨い中華屋や気の置けない飲み屋を梯子しては、夜を過ごした。

そのシメに必ず寄っていたのが、澄川のスナックだった。広めの店内にU字カウンターが伸び、中央では女性たちがお酒をサーブする、いつも賑わっている店だ。ママさんは小柄で、気さくで、話がうまかった。賢い人だった。

ある夜、彼女がぽつりと話してくれたことがある。若い頃、リウマチで長く苦しんで、食事療法で乗り越えたのだと。ちょうどその頃、ウチのカミさんも関節痛に悩んでいたのでそのことを相談すると「いい鍋があるの。それで玄米を炊くといいわ」と教えてもらい、次に店を訪ねると、彼女はカウンター越しに手提げ袋を差し出した。「これよ。あげる。奥さんを大切にしなさいよ」そこには圧力釜とカムカム鍋が、セットで入っていた。

それから我が家ではしばらく、このいただいた圧力鍋と土鍋で毎度玄米を炊いた。一緒にもらった食材の陰陽表を見ながら、食べ物には陰と陽、そして中庸があることを知った。難しい理屈ではなく、料理をしたり食事をするときにふと頭に出てくる大切な観念として、今も我々の中に残っている。

その後、俺は札幌を離れた。しばらくして師匠から聞いたのは、ママさんがもう亡くなったという知らせだった。俺がいなくなってから、喧嘩っ早い師匠は彼女と一度揉めて、それきり店に足を向けていなかったという。彼女にはちゃんとお礼が言えなかった。それだけが、今も少し引っかかっている。

毎年この季節、カミさんがこの圧力釜で味噌を仕込む姿を眺めながら、あの頃のことを思う。旧式のものだが、我々がずっと健康に暮らせてきた大切な象徴でもあるこの調理器具を、これからも大切にしていきたい。

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犬と暮らしとカヤックと

kayaker

豊浦町でワンコたちと暮らし、たまに海で遊ぶ日常をつづります。

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