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小さな話(96)

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【TOHOシネマ日比谷】
少し前に「TOHOシネマ日比谷」の評判の映画「国宝」を見に行った。その1週間くらい後に、映画「マーシー/AI裁判」を見に行った。この映画はAIが司法を担う近未来を舞台に、身に覚えのない罪でAIに裁かれるスリラーであり、ストーリー展開が早くて疲れた。

映画館の4階のフロアに行ったら、どうも以前と雰囲気が違うように感じた。
いつもポップコーンなどを買うコンセッションが変更になっていて、手前の券売機でポップコーンやコーラをカードで買う。出て来た券をコンセッションに表示された自分の券番号で、品物を受け取る。

その時に支払ったサイズのカップを渡される。
飲み物は更に左の機械で自分でカップに入れる。人手不足を機械で代行しているが、これで3~4人は不要になると思う。色々な場面で、人に接触することが減って行く。

コンセッションの券売機(TOHOシネマ日比谷)

【カラオケ】
マンションの友人達と1ヵ月に1回だけ、カラオケをやっている。
最初は6人だったが、引っ越したり老人ホームに入ったりして、現在は4人になってしまった。マンションのカラオケルームは4部屋あり、1部屋当り1時間100円というバカ安である。いつも同じメンバーで同じ曲ばかり歌うのも飽きるので、私は新しく歌を覚えようと努力している。

最近、覚えた曲は河島英五の「時代遅れ」で、私は歌詞が気に入っている。
「妻には涙を見せないで 子供に愚痴をきかせずに 男の嘆きは ほろ酔いで 酒場の隅に置いて行く」。
私は全く酒が飲めない体質だが、もし飲めたら「男の嘆きは酒場の隅に置いて行きたい!」

 Oさんの持ち歌「石原裕次郎」

【友と語る】
テレビのニュースで山梨県上野原で山火事が起き、なかなか鎮火できないと知った。
どうやら同級生のMさんの家の近くのようで、心配でメールで問い合わせたが返信が無かった。そうなると「家が燃えたか?」となお心配になり、数年ぶりに電話をしてみた。

すると電話は通じて、元気そうな声が聞こえた。そして近況報告をしてくれた。
『山火事は家から6キロほど離れているので大丈夫だ。メールは具合が悪くて送受信が出来ないが、すぐに直す。現在はまだ六本木の会社に勤務している。勤務先の会社が成長していて、自分の代わりを出来る人がいない』。

84歳で働いているMさんには驚かされた。そこで近日中に六本木で会うことにした。

 「上野原」の山火事

【旧友の近況を確認】
Nさんが珍しい写真をメールで送ってくれた。
私が高校を卒業した翌年に行われた、同窓会の写真をデジタル化したものだった。
懐かしい顔が並んでいるが、亡くなった者、名前を忘れた者、外国在住の者などがいた。

人というものは年をとっても顔かたちは変らなく、面影が残っている。
私が伊達市に滞在中に室蘭に住んでいた同級生がいたが、写真を見て懐かしくなり以前の電話番号に電話をしてみた。

すると現在は地元の神奈川県に戻っており、『耳が遠くなった。目も腰の具合も悪い』と情けないことを言っていた。みんなどんな人生を送って来たのだろうか?

  1961年の同窓会写真(プライバシーのため加工)

【10年前】
私のブログは「土曜日と祝日」は「ブログ閉鎖中の話題」として、過去の公開していないブログを載せている。閉鎖中の期間は「2014.6~2018.4」までであるが、その記事を載せていると10年前のことが思い出される。

「あの頃は元気だった」、「友人達も元気だった」、「外国にも行っていた」、「冬に雪のある場所にも行っていた」、「まだ死ぬことは実感していなかった」などが懐かしく思い出される。いまではこれ等は、みな全く反対になっている。
元気過ぎるジジイも困りもので、昔から「年相応」と言うではないか。

ただ栄養状態と医療の発達で、いまは昔より10歳は若くなっている。それでも私は自分で納得するほど十分に生きて来た。
先日、お通夜に行った友人は私との亡くなる前の最後の言葉で、『もう十分に生きた』と言っていた。

  都会の夕暮れ

(おまけの話)【第九を聴く】
折り込み広告でトリトンスクエアの第一生命ホールで、中央区第九記念合唱団「2025年度演奏会」が開催されると知った。家からも15分くらいで歩いて行けるので、たまにはクラシック音楽と合唱も聞いてみようと思った。
しかもありがたいことに、観賞は申し込みも不要で無料だった。

満員になるといけないので開始30分前に行ってみたら、もうかなり席は埋まっていた。
入場の際に渡されたプログラムを読むと、『合唱団は2007年に中央区在住在勤者を中心に発足」とあるので、かなり歴史があるようだ。

「第一生命ホール」(トリトンスクエア)

第一生命ホールはかなり立派なホールで、以前に行ったことがあるが少し調べてみた。
このホールが出来たのは2001年で、トリトンスクエアの4階にある。
座席数は767席で貸し出しも行っていて、この日の午後を借りると33万円もしている。

午後2時から始まる演奏会は、開始時間にはほぼ満席となった。
プログラムの第一部は「合唱公演」で、男女90人くらいのメンバーだった。
ピアノの演奏で全6曲を歌った。中央区の合唱団だけあって、その中には「銀座カンカン娘」と「お江戸日本橋」が選曲されていた。

 天井から下がる照明器具(第一生命ホール)

第一部が終り、20分間の休憩があった。
第二部はフルオーケストラで、いよいよ「第九」である。
「第九」は正式には「ベートーベン作曲 交響曲9番二短調 作品125より第4楽章 歓喜の歌」のようだ。出演はピアノと指揮者がプロで、ソプラノ、アルト、テノール、バリトンが芸大生などだった。

管弦楽は中央区交響楽団、合唱は中央区第九記念合唱団だった。合唱団は第一部と二部で、なんと120人も出演した。私は初めて第九を生で聞いたが、なかなか良かった。
1時間40分の公演の後にアンケートを依頼されたので、「大満足」、「また聞きたい」と書いた。

 関係者の2階席(第一生命ホール)

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伊達季節移住のススメ

心の伊達市民 第一号

北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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