おはようございます☆
私にはたくさんの恩人がいるのですが、先日再会出来た恩人は私が14歳の時の恩人です
私が中学の時は将来の夢も遠ざかっていて、やることのほとんどが上手くいかずに絶望感に押しつぶされそうになっていた時期でした
勉強は落ちこぼれていてチンプンカンプン
当時芦別市で暮らしていて当時の進路は…
割と進学校で真面目な生徒が多い芦別高校(野球は弱い)
商業高校と工業高校が合併してできた芦別総合技術高校
勉強のレベルは低いけど嫌な先輩たちが多くて入学してもお先真っ暗な感じ(野球は弱い)
芦別高校に入学できたとしても最下位になるので落第しないかどうかのヒヤヒヤの毎日になるだろうし、真面目な生徒が多いのでたぶん友達なんか出来なさそう…
ど〜〜〜〜してもどちらの高校にも行きたくないのでした
そんな中で私は一切誘われてもいないのに『砂川北高校』を目指そうかと思ったのです
砂川北高校は勉強のレベルは相当低かったのでそこは問題なし
ただ野球の名門校だったので野球がついていけるのか?!という問題のみ
あ、あとどの先輩たちに聞いても『あそこは先輩たちのヤキが凄いから1年の時は地獄だぞ』という世にも恐ろしいお言葉ばかり…
そんな中学時代の時の『砂川北で野球をしたい』という選択
野球部の監督も担任の教師も進路指導の先生も…
どいつもこいつも『お前には無理だ』という否定
担任に至っては私の野球のレベルも全く知らないくせに『お前が考えるほど甘くはない』という殴りたくなるような否定
1回も練習すら見に来たことがないのに…
そんな中、唯一肯定してくれた人が当時野球部の練習を支援してくれていた三好さんという人
三好さんは当時名門だった駒澤岩見沢高校に特待生で入学した経験を持つ人だったのです
三好さんは私が砂川北高校にチャレンジしたいという野望を肯定してくてたただ1人の人だったのです
ただそんな三好さんですら『大輔が生き残るためには「声」と「走力」の武器しかないのでそこを磨けよ!』とのアドバイス
で、砂川北の佐藤茂富監督に2回も『うちには来ないでくれ』という壁を乗り越えての入学


砂川北高校の監督の自宅兼下宿の『ゴリ下宿』に入寮の日の写真
入寮日でまだ練習もしていないのにヒザに土がついているのが気になる当時の私
そんな三好さんだけが肯定してくれて砂川北高校の野球部員になれた私

一昨日、そんな三好さんがHOTEL DATTELに宿泊しに来てくれたのでした
で、昨日三好さんが朝食を食べている時に色々とお話をしたのです
三好さんが『俺が色々と野球を教えてやった100人か200人の中で甲子園に行けたのは2人だけで、大輔が1番最初に甲子園に行ってくれたんだからなぁ〜〜〜』と嬉しそうに話してくれました

三好さんにそんなことを言ってもらえてとても嬉しかった
そんな経験がある私なので若者たちの夢や野望を否定せずに肯定できる大人になれているんだと思うのです☆
三好さんのおかげです!
そんなことを思い出させてくれた恩人 三好さんとの再会でした☆
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