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ベトナム実習生の東京見物(おまけ)

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ブログ閉鎖中の話題(2016年1月9日)
ベトナム人実習生と過ごした4日間は疲れたが、私の若い頃を思い出させてくれた。
私は1964年に大学を卒業し、NY世界博覧会の従業員としてニューヨークに行った。
その頃の日本はまだ貧しく、大学進学率も低く、大卒の給料が2万3000円くらいの時代だった。 その時代の日本が今のベトナムと思えば、そんなに違いは無い。

浅草寺仲見世通り。(今年は申年)

ただその頃の日本と違い、今のベトナムは全てにバランスが悪い。貧富の差が激しいし、政治は社会主義であることを考慮する必要がある。
当時の日本のテレビは白黒だったし、日本で一番高い建物は丸ビルの10階だった。
一方で、ホーチミン市の若者の中にはスマホを持っていたり、ビルは68階建てがある。

皇居前広場の松林。

道路はバイクの洪水だが、その中をロールスロイスも走っている。そんな国から先進国の日本に憧れてお金を稼ぐのが目的とはいえ、「日本に行きたい」という強い希望を持ってやって来たベトナムの若者は若い頃の私の姿を見るようだ。
彼女達と話をしていると、私がその頃に思っていたこととあまり違わない。

和田倉噴水公園で。

「なぜ自分はベトナムに生れてしまったのだろう?、日本に生れたかった」の言葉は私の若い頃にそっくりだ。「なぜアメリカ人に生れなかったのだろう?」と私も思った。
でも私は彼女達に話す。「私達は頑張って今の日本を作った。だからみなさんも頑張って豊かなベトナムを作って欲しい。その時はベトナム人に生れて良かったと思うはずだ。」

東京駅のライトアップ。

実習生として日本で3年間を働いて大金を稼ぎ、それを使う時に個人差が出ている。
彼女達は日本に来るために日本語学校の費用、渡航費用などで約60万円くらいの借金をして来ている人が多い。
それを日本に来て食べ物さえ倹約して、6ヶ月くらいで返してしまう。

マンションの49階のスカイラウンジからの風景。
左の出島がオリンピックの選手村になる場所

問題はその後である。毎月、借金は郵便局や銀行から親元に送金しているが、借金が終っても貯金の為に同じことを続けている。送金は8~10万円なので、ベトナムでは大会社の役員クラスの金額である。

そうするといい加減な親もいるもので、自分で働いても2万円も稼げないのに、娘が日本から倹約して10万円も送ってくるので、仕事を辞めてしまい酒浸りになるバカ親も出て来る。

新宿西口前の夜景。

今年の春にベトナムに戻った女性は日本が忘れられず、実習生として働いて貯めたお金を使って1月から札幌の日本語学校に来ると知らせて来た。私の関係しているKAIZEN日本語学校の先生が3人も名古屋の日本語学校に生徒として来ているし、 少しでも外国に興味を持っている若者は、みんな日本に来たがるのである。

そんな素晴らしい日本に住んでいる幸せを、多くの日本の若者は分っていない。
ベトナム人実習生が私の教えを守り、人生で成功して欲しいと願っているが、彼女たちが成功した頃には私はもうこの世にいない。

新宿サザンテラスのイルミネーション。

(おまけの話)
私の住むマンションに、83歳の紳士がいる。
彼は私よりズーと年寄りなのに、いつもキチンとした服装をしている。
出掛ける時は、常にスーツを着てソフト帽を被っている。
それがとても似合っていて、いつも感心して見ている。

Nさんから頂いたソフト帽?

ベトナム人実習生と東京見物に出かける時にバスの中で彼に出会ったので、「Nさんはソフト帽が似合いますね。」と私が言った。
すると彼は「これを被ってみろ。」と言って、自分をソフト帽を手渡してくれた。

私が試しに被ってみたら、頭が大きい私はそのソフト帽が入らない。
すると彼は、「家に大きいやつがあるから、後で持って行ってあげる」と言った。

上野不忍池の雀。

後から私に持って来てくれたのは、私の希望している形のソフト帽ではなかった。
でも、年寄りに「これは違います」とは言えなかった。
私が被ってみたら、彼も女房も「似合うわねー」と言う。

お世辞と分っているが、暫くは被ってみようかと思っているが、やはり私は紳士じゃないのでソフト帽は似合わなかった。

東京ディズニーランドのお城。
 

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伊達季節移住のススメ

心の伊達市民 第一号

北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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コメント(2件)

  • ブログのベトナムの現況を知るにつけ、社会主義国の矛盾する国家に住むことを運命とされている現地の人々に憐れみを覚える。日本人として生まれた事が良かったのか、悪かったのかは判断が付かないが、貧富の差をそれほどに意識せずに生きてこられたことを良しとしたい! それなりに頑張ればそれなりの生き方が出来ることは日本に生まれてきた良さであろうか?

  • 「なぜアメリカ人に生れなかったのだろう?」と私も思った。とありますが、こんにちのアメリカの事情を思えば、多分今はそう思ってはいない事でしょう。

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