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写真で見る東京(125)・・・東新宿・新宿

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12月31日は多くの店や施設が正月休みに入るので、私は行く場所が無くて困った。
そして歩くだけならと思い、大江戸線の「東新宿駅からJRの「新宿駅」まで歩くことにした。東新宿駅を出ると、お洒落な空間がある。そこは「EASTSIDE SQUARE」で、大規模複合施設である。

設計は「日本設計」で数々の賞を受賞しているだけあって、いつもここを通ると「素晴らしい」と感じる。ここにはゲームソフトの「スクエアエニックス」の本社があり、広場には卵型の販売店がある。写真に見える地下一階には、多くの飲食店が入っている。

大江戸線「東新宿駅」を出た「EASTSIDE SQUARE」の光景

東新宿は新大久保に近いので、久し振りに行ってみた。
以前より韓国系の店舗が増えていて、新大久保駅へ向かう道には大勢の若者が歩いている。韓国料理店が多く、表通りの店はかなりお客が入っているように見える。

途中の左側に「ソウル市場」があったので、中に入ってみた。
全ての商品が韓国製のようで、ここだけで韓国旅行をした気分になる。
以前は多かった韓国のスターの店は影を潜めていて、韓国コスメの店が異常に増えている。

 新大久保の「コリアタウン」

途中で左折して、新宿歌舞伎町方面に進む。
大通りを越すと「ラブホ街」に入る。左右に多くの「ラブホ」が林立し、歩くのが少し照れる。料金が安いので、外国人観光客もホテルでなくラブホに泊まる人もいるだろう。

「REST ¥5,000円」と出ているが、時間はどのくらいなのか?
私は1人で歩いているのに、なんだか恥ずかしくなり急ぎ足になった。

歌舞伎町裏のラブホ街

「ラブホ街」を抜けると、問題の「大久保公園」に出た。
少し前のニュースでも公園の前には『2022年以降、立ちんぼが急増した。「令和の今に街娼が流行るなんて」と大多数のオトナは驚いたものの、買うのも世の中の“オトナたち”であったのは事実・・』

『一時期は売り手、買い手、冷やかしに公園周辺は人が溢れ、外国人観光客でさえ悪い意味での興味・関心を寄せていた」とあった。

ホストに入れ挙げて、金を欲しさに立ちんぼする若い子が増えたのである。 あまりの酷さに警察も動き、最近は取り締まりが厳しくなり、立ちんぼの数も減ったようだ。
私が公園の前を通った時は、全くいなかった。

 区立「大久保公園」

「大久保公園」を過ぎると、歌舞伎町の裏側に出る。
評判の悪い場所の「トー横」は、柵が作られて中に入れないようになっていた。
地方の人の為に解説すると、「トー横」とは映画館の「TOHOシネマズ」の横で、歌舞伎町タワーの前の広場である。

この場所に高校生くらいの若者が、夜を通してたむろしているのである。
それが犯罪の温床になると、歌舞伎町の商店街が警察と協力して排除したのである。
この日の歌舞伎町は、外国人観光客で溢れていた。最近の彼らは、どこにでも出没している。

歌舞伎町TOHOビル前の外国人家族

歌舞伎町を抜けて、「新宿ゴールデン街」の様子を見に行った。
ここは有名な飲み屋街なので、昼間は閑散としている。
それでも私のような男をチラホラ見掛けるは、観光に来ているのだろう。

ここにも外国人観光客が多く来るようで、店の前には英語の表示がある店が多い。
路地の柱やクーラーなどにはお馴染みの、英語の「千社札」であるシールが沢山貼られている。

「新宿ゴールデン街」の見学を終えて、最後は「花園神社」に行ってみた。
大晦日なのでまだお参りの人は少なかったが、参道で「テレビ東京」が撮影をしていた。
俳優らしき若い男がいて、撮影隊は30人もいる。「撮影禁止」のパネルを持った男が、私にそれを見せた。

しばらしくして撮影開始となり、若い男は特に演技もしない。もう1人の男が出て来て、音楽が流れた。それに驚いた。彼は吉幾三の「俺らさ 東京へ行ぐさ」を歌ったのである。
「ハァ テレビも無ェ ラジオも無ぇ 車もそれほど走って無ェ バスは一日一度来る 俺らこんな村いやだ 俺らこんな村いやだ」。

なんのドラマか? お笑いでもなさそうだ。
全く想像がつかない内に撮影は終り去って行った。

「花園神社」の撮影現場

(おまけの話)
久し振りの新大久保では珍しい食べ物に出会った。
私の知っているのは昔のことだから「ホットク」という甘い焼き餅、とか「キンパ」という巻き寿司くらいだ。ところが今では「ツイストポテト」、「チェロス」、「ハットグ」などが流行っている。

美味しいよりも、スマホ映えがしなくては売れないようだ。
若い女の子は細い長いポテトを買って、スマホで撮影するのに夢中だ。
私はどう見ても美味しいとは思えないので、なにも買って食べなかった。

 左からハットグ、チェロス、トルネードポテトは(450円)

新宿へ行った時に、ランチを食べる店は3軒ある。
1年の締めくくりなので、「船橋屋」で「天ぷら定食」を食べようと思い店に行ったら、31日から正月休みだった。仕方ないので少し先にある「釧路港」で、ジンギスカンを食べようと思いエレベーターのB2を押した。

しかしエレベーターが反応しないので、地下2階まで歩いて降りたら正月休みだった。
もう残るは「信州屋」という立ち食いそば店である。さすがにここは「年越しそば」が商売なので、営業していた。

「イカ天蕎麦」(560円)を食べて家に帰ったら、夕食は豪華なかき揚げ付き「年越しそば」だった。でも私は家庭円満を心得ているので、『ランチに蕎麦を食べた』とは言わない。

 立ち食いそば「信州屋」

新宿で「年越しそば」を食べた後に、「追分だんご」を買いに行った。
追分だんごは以前は銀座のデパートでも買えたのだが、しばらく前からデパートで扱わなくなってしまった。その理由はハッキリとは分からないが、次のようなことが想像できる。

「商品が売り切れると、デパートの営業時間内でも店を閉めてしまう」のが、デパートと問題になったのかもしれない。

女房は「みたらしだんご」が好きだが、私は「こしあんだんご」が好きである。
今回買った「みたらしだんご」は226円、「よもぎこしあん」は248円だった。
それを2本ずつ買った。家にお土産にしたら大層喜ばれ、『他の店のおだんごと粉が違うのよねー』と言っていた。

 「追分だんご」は行列が出来ていた。

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伊達季節移住のススメ

心の伊達市民 第一号

北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。

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コメント(2件)

  • 遠い昔の新宿は我が家の庭の気分で歩くことが出来た。今は全く違う国の裏庭を恐る恐る忍び足で歩く気分である。落ち着いて視線を前に向けることが出来ずに、ついつい下を向いてしまう。異国情緒を楽しむ気分にもなれず、足早に過ぎ去る事しか考えられない街になった。新宿を楽しんだあの頃の若者たちは何処へ行ったのか?悲しい現実である。

  • 「日本設計」の設計と註釈を入れてくださりありがとうございます。というのは、私、昔日本設計に勤めていたので、会社を辞めてからも、そこがいい仕事をしているのを見聞きするのは嬉しい事です。

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