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[2015.07.02]
週末二日間の楽市楽座が終了し、  
ほっと一息のてんねんやです。  
 
実は楽市前日に救急に行けと先生から言われて、  
行ってはみたものの  
栄養と休養と安静、と言って戴きながら  
二日間の店とステージに穴を開けるわけにいかず、  
ここ10年来ほとんど飲んでいなかった薬を6種類ものみながらのジャンキーなイベント出店でした。  
 
ラストだし、お世話になっているし、  
ステージの仲間は練習して楽しみにしてくれているし、私も楽しみだし、  
この後その分とり返して休むから、  
身体さんどうかお願い!といって参加しましたが、  
人間気力で何とかなるところがかなり大きく  
病っているところを知っている身内にフォローいただきながら、ライブも5曲歌いきりました。  
 
出会ってからひそかにファンだったとーるさんが  
ラストソングのwe are the worldにギターで入ってくださり、感激!いい音残っています。  
体調が戻って編集したらアップしますね。  
 
今日は座ってする仕事は少しならできるので、  
昨日のビックリをシェアしたいと思います。  
 
昨日、小雨が降って肌寒い日だったので、  
息子が学校に行く際、白いポロシャツの長袖があるが聞かれました。  
 
確か納屋に  
いただいた男もののシャツがあったはず、と、  
日中の体調と晴れ間を見て納屋のダンボール箱を確認していました。  
 
すると、かさかさ、という小さな音がして上を見ると、姫ネズミが梁の上を開いている。  
 
私かなりがさがさとダンボールを動かしていて、うるさいはずなのに、気にする様子もなくちょろちょろと歩きながら、あるダンボール箱の取手の穴から中に入って言って出てきません。  
 
箱を見ると、かぶと、と書いてある。  
五月人形のかぶとが入っている箱です。  
これは、かじられるのはよろしくない。  
ちょっと移動して戴こうと思い、  
箱ごと外に持ちだして、少し離れた道路向かいのところでふたを開けて、ネズミに逃げてもらおうと思いました。  
 
案の定、ふたを開けて至近距離で私を見た途端、姫ネズミはぱっと箱から出て行きました。  
中には、ボロボロにぢぎられた紙と、ミズナラの枯れた葉っぱがたくさんきれいに丸く巣になっている。  
 
おお、すごいなあこうやって巣を作るんだなんておもいながら、かぶとを取り出し、無事を確認したら、  
中で動くものがある。  
 
小さい。一つじゃない。  
 
恐る恐る紙をよけてみると、  
何とねずみの赤ちゃんが!!!  
 
 
しかも5,6匹はいる。  
しかももまだ眼もあいていない。  
 
 
これは大変なことをしてしまった。  
この子たちはお母さんがいなければ明日にでも死んでしまう。目が開いていないしお乳しか飲めない。  
お母さんがいなければ夜の寒さも耐えられないかもしれない。  
 
お母さんネズミは逃げてしまったし、  
警戒してもう戻ってこないかもしれない。  
 
どうしよう。  
私は心で謝りました。  
 
これは本当に申し訳ないことをしてしまった。  
まさか子供がいるとは思わずに  
子供の命にかかわることをしてしまった。  
ネズミのお母さんに悪いことをした。  
同じ子供を持つ身として、  
私が同じことをされたら我が身を引き裂かれる思いになる。  
 
ネズミのお母さん、  
この箱をそのまま元の所に返すから、  
わたしたちは悪いことはもうしないから、どうか戻ってきて赤ちゃんにおちちをあげてくださいと。  
 
そう心で強く思った後  
こっちだよ、と見えないところに隠れたお母さんに届くようにゆっくりと歩き、納屋の元の位置にダンボールを置きました。  
 
と、その時です。  
 
同じ姫ネズミが、梁の上を歩いて、違うダンボール箱に入りました。  
 
うちの納屋はネズミの団地にでもなっているのだろうかと思ったら、その箱から出て、私が今戻したダンボールの中に入りました。  
 
中では、移動で壊れた巣をこまめにかさかさとなおす音がします。  
まさかあのお母さんが本当に還ってきてくれたのかしらと思い、息もひそめ、手も止めて様子をうかがってろいました。  
 
2、3分して、音がやみ、静かになりました。  
母のカンとして、おっぱいタイムなのでしょう。  
 
どうやら、この子たちのお母さんに違いないようです。こんなことがあるのですね。  
 
てんねんやは、スズメバチがお願いを聞いてお引っ越しをしてくれたり、本当にびっくりするようなことが多々あります。  
今年は、とうとう女王蜂が家のまわりに来ないでくれました。  
 
その代わり、堆肥の山に彼らの好きな発酵した果物を差し上げます。時には甘いジャムがこびり付いた部分や、以前にも書きましたが砂糖の袋でどうしても取れない部分を外でまき散らして、虫さんたちに食べていただいています。  
 
昔の人は、畑の収穫物の何分の一かを畑に残して、  
土地神さまや同じ土地で生きる生き物たちに分け与えたそうです。  
だから、畑の被害も少なかったと、実話で伺いました。  
 
私もそうありたいので、色々試しています。  
通じる時もあれば、そうでない時もある。  
 
でも同じ生き物で同じ命、  
こちらが自然であらば、彼らも自然として受け入れてくれる。  
 
鳥が唄っている中で、私も唄います。  
無心で唄うときは、鳥は私に構わず唄い続けます。  
 
わたしの中に何かあるとき、  
鳥は警戒音を発して飛び去るときもあります。  
 
おばあちゃんになる頃には、もっと邪念が少なくなって、鳥や獣に逃げられないような、自然な人になりたいです。  
 
さ、薬が切れる前に、身体のメンテナンス。  
私にとって、安静、は無理やりしないとできない(笑)  
 
これから新しいプロジェクトが始まるので、  
万全にしておかないと。  
なので、今日はここまで。  
 
皆さまもどうぞ、  
ひとを大事にするようにご自分もご自愛くださいませ。  
 
て、わたしか、それ;;  
 
 
今日の一枚はこちら  
 
こちらも青い支笏湖です。  
この青は、落ち着くらしいですよ。  
[2015.06.13]
朝から中体連で出かける息子たちを市内の体育館まで送迎し、今ぱんを焼きに帰ってまいりました。 
 
昨日の夜仕込んだぱんたちを、夜中に成型し、 
明け方に第一弾を焼き、送迎後に第二弾を焼くという今日のてんねんやスケジュール。 
 
特に暑くもなく、寒くもなく、酵母使いとしてはとても計算しやすい夜だったので、発酵時間にもそれほどずれが無く段取り良く進んでおります。 
 
工房兼売店を開けようとたくらみながら、週末にこのようにあれこれ出かけることが入るので、定期的にお客さまをお迎えすることがいまだできないでおりますが、これもきっとあともう数年のこと。 
 
子供と直接かかわれる時間の少なさを感じながら、乳幼児期のあれほど大変だと思っていた育児時期がどれだけ親子の蜜月であったか、今さらにして思い知る感じです。 
 
だっこ、おんぶといつもくっついていたのに、今は思春期で頭もなでられない(笑) 
うっっぜくそばばという声が(笑) 
 
時にむかっときながらも、 
平和で豊かで恵まれているからこそ出来る「反抗・甘え」なのだなあと、親が大変で甘えるどころではない時期のあった私は、「うちで思ったことが言えるしあわせ」を子供が持てているということにほっとしています。 
 
と同時に、わざとらしくいたずらな言い方でくそばばという息子に、時にはうるさいこの可愛いくそぼんずなどど言い返してみながら、これも思春期の一時期の天の邪鬼なコミュ二ケーションで、あとから思うとまたほほえましく思えるのかなあと、思う今日この頃であります。 
 
さて、ぱんを焼いているうちに昨日漬けた傷梅の砂糖漬けを見てみました。 
いい感じで下の方にシロップが溜まりつつありますね。完全に砂糖が溶けるまでは注意して毎日見ます。 
時に砂糖が落ちて空間が空いてしまい、シロップに漬かれない梅が出てくると、そこからカビが生えたりするのです。 
 
傷梅は特に雑菌も入りやすいようで、 
早く、まんべんなくつかるように手をかけることが欠かせません。 
 
樽を空けて新しい梅を仕込むのに、去年の梅シロップを取りだしました。 
梅はすっかりしわしわになり、シロップは濁りのない 
美しい琥珀色です。 
 
今日、バドミントンの試合の息子は薄めにしてスポーツドリンク替わりに持って行きました。 
天然のクエン酸とミネラルがたっぷりの天然清涼飲料水です。 
団体戦なので、みんなのためにもがんばれるといいな。 
 
さ、仕事して午後からまた送迎に行きます。 
今日はファーム453にぱんたちとスコーンがあります。温泉と山菜とドライブ兼ねて、雨の大滝でしっとりした週末はいかがでしょうか。 
晴れの日よりも森林のにおいが濃いですよ。 
 
そういえば昨日の不思議 
去年戴いたヤマブキの苗が、見事に越冬しまして、 
何と花をつけました。 
が、ヤマブキなのに白い花なのです。 
こういう品種なのかな? 
 
ここに引っ越してきてから見つけた花の一つで、 
エンレイソウがあります。 
最初は黒い花ばかりでしたが、 
ここ数年白いほうが増えているのです。 
 
そういえば家の中でみる蜘蛛も白いのが多い。 
結構大きいのに、白い。白い蜘蛛なんてあまり見ない。だって獲物に見つかっちゃう。珍しいのです。 
何なのでしょうね。 
 
今日の一枚はこちら 
みえますか? 
 
北海道神宮の木の一つですが、 
二股になっているその間に 
小さな新しい芽が生えているのです。 
 
とても大きな巨木だったので、 
近くに行ってみないとわからなかったのですが 
たまたま、目につきました。 
なんだか可愛いですね。 
 
では皆様今日も善い一日を^^ 
[2015.06.09]
今日は雨ですね〜  
 
本州も着々と梅雨入りだそうで、  
毎年無農薬の梅を送ってくれる静岡の佐野さんが  
梅の熟期と雨の合間を見て一つ一つ手で取るのが  
大変だよ〜と昨日の電話で言っていました。  
 
ブログをかきながらふと改めて、  
なんでこのブログタイトルにしたんだろうと思いました。  
 
他にも色々候補はあったのですが、  
結局結構迷った末にこの「愛と感謝の日々」にしました。  
 
「愛」と「感謝」の言葉の組み合わせが、  
今知られている中で一番きれいな水の結晶を作るという事実を知って、出来るだけこの言葉をこの世に表したかったことと、私自身が愛と感謝に満ち満ちた日々になりたいなという希望とが組み合わさって、このタイトルを選んだ記憶があります。  
 
決しててんねんやが、今「愛と感謝の日々」をいつもおくれているわけではなく、そうありたい、そうなりたいと思いつつ試行錯誤している様子をありのままに書いている状態です。  
 
というと、「目指せ!愛と感謝の日々」とかのほうがしっくりきたかなと思いますが(笑)  
すでに出来上がった状態を想定して、断言するほうが言霊的に断然効き目があるので  
(すでに)愛と感謝の日々、というような意味合いを込めてこのタイトルにしました。  
結構誓い的な想いでした。  
 
数年後、何十年後かにブログを見直したときに、  
ああ、こんな段階を経てここに来たんだな、と少しでも目標に近づいていたらいいなと思います。  
 
愛と感謝と言えば、足りない足りないと気づくことばかりで、心の使い方をいかに違うところに重きを置いてきたのか、改めて反省しました。  
 
具体的な問題として、愛を表し足りないと思う原因の大きなところに気がついたら、思いっきり風邪をひきました。  
 
悲しみが肺に溜まる、ということを聞いたことがあります。肝臓には怒りがたまり、感情と内臓の密接な関係が色々といわれています。  
 
細かくはきっと諸説あるとは思いますが、自分の体験的に悲しみの深い原因に気づいた時に何度もひどい風邪をひいて、しかも肺炎か結核か?というくらいひどく咳こんで長引くことがありました。  
 
身体の精妙かつ不思議なところはいまだ解明されていないところが多いですが、  
気持ちが身体に影響することはよくありますよね。  
 
愛と感謝、というこの言葉が、むしゃなびさんのページの中にあり、インターネットを通じて世界に発信されている、それだけでもすごい影響力がある。  
気がつかないところでプラスの影響がある。  
 
表立って使う言葉にも、  
見えないところで使う言葉にも、  
同じように魔法のような影響力がある。  
 
そんな見過ごしそうな小さなところから  
愛と感謝を表していけるようになって、  
それが満ち満ちていつか  
現れる全てが愛と感謝になるといいな。  
そうなりたいなの気持ちで  
今日もこれを書いています。  
 
さ、次の仕事しよう。  
 
今日の一枚はこちら  
 
なんでこんなに青いの支笏湖。  
地球の色がここにある。嗚呼。  
 
 
言葉にならない感嘆とともに  
皆さま今日もしっとりと良い一日を^^ 
[2014.02.18]
沢山、降りましたね。日本列島。  
被害にあわれた方々に心からお見舞い申し上げます。  
 
北海道も荒れました。  
ちょうど中山峠を通ったてんねんやは、ホワイトアウトで前が見えないのを何とか運転して帰ってきました。先導車も、対向車もない時はどこが道路かもわからなくてブレーキを踏むこともあり、吹雪は年に何回か経験することは言えども、やはり緊張します。  
 
うちに帰ってくると屋根が!  
屋根の雪が2倍の厚さに!  
クリームがかかったようにとろりんとこんもりと。  
これは降ろさないと、これ以上積もったらよろしくないので、札幌帰りでついていきなり雪かきです。  
 
ちょうど小5の息子が午前授業で帰ってきており、  
二人で雪かきをすることにしました。  
 
登ってみると、思ったよりも大変。  
何と80センチくらい吹き溜まっているところもある。長靴も効きません。歩くだけで中に雪が入ってくる。雪が太ももまであるのですもの。  
 
幸いやわらかい雪だったので、ダンプでどんどん落とすことができ、二人でがつがつと落として行きます。  
 
途中、濡れた靴下を替えにいき、ついでに息子と私の口にぽいとチョコレートを入れて、再度屋根の上に。  
 
結局2時くらいから6時に中学生の娘が帰ってくるまでかかり、ぜんぶの雪を下ろし終えました。  
汗だくです。  
 
息子もよく文句も言わずに手伝ってくれました。  
一人でしていたら、きっと終わらなかっただろうなと思います。身長も157センチくらいになってきた息子は、大変な戦力です。  
 
先日の大滝のスキーマラソン大会で、8キロに出場した息子は、大人も交えての130数人中7番という恐るべき順位を余裕しゃくしゃくで成し遂げました。  
中学生の姉を途中で抜き去り、お先〜といってすいすい。姉の悔しがること!彼女も結構早いのに。  
そしてまだぜんぜん余力があったそうです。  
どんな体力なの〜  
 
大滝で生まれ育ったこの方は、  
泥まみれで育ち、1歳の時に軽トラックの荷台から飛び降りるという無茶をし、畑のにんじんを抜いてそのままかじるのが一番旨いといい、畑に大穴を掘りその上を自転車でレースのように走り回り、自分の背よりも長い鍬を持って芋を掘り、2歳から屋根に上って雪かきをしていたのです。  
 
好きなように、やりたいようにと出来るだけさせていたら、このような脅威の体力の方になりました。  
 
田舎暮らしは、手間と体力がいります。  
 
「家困窮すると それを助ける子が生まれ  
 国困窮すると それを助ける聖人が生まれる」  
中国の故事は、ここでも真でありました。  
 
さて、国も困窮しています。  
世界も困窮しています。  
 
それを助けるのは・・今生きている私たち。  
 
何を選んで生きていくか。  
どこに焦点を当てて生きていくか。  
 
何をして、何をしないか。  
人として、この世界に何を残せるか。  
未来に、何を残すのか。  
 
毎日考えて、  
改善点を見つけて  
毎日改める  
その繰り返しで  
未来はきっと変わってくるのかなと  
雪かきに息を切らしながら思いました。  
 
 
 
 
 
 
 
[2013.06.27]
小学校5年生の息子は毎日お弁当を持っていきます。 
昨日の給食に合わせて、シュウマイをつくりました。 
 
息子が小3年の時に、高度機能障害の可能性があるので専門機関に相談に行ってくださいと、先生から通知をいただいたことがあり、それがきっかけでお弁当を持っていくことになり、3年目。 
 
確かに忘れものは多く、いうことも聞かず、注意も散漫で、持ち物や提出物など私も子供まかせだったのもあり、先生に多大なご迷惑をおかけしていたころのこと。 
 
自分で学校に行きたいのだから、自分で準備する 
というのがお姉ちゃんの頃からの通例だったので、 
4歳下の息子も同じようににしていたら、 
男の子はこうも違うのかということを教えていただくような連続で、 
おかしいなこの子は赤ちゃんの頃からとても落ち着いていて、一時期とても泣き虫でしたが基本的におっとりタイプで、こんなに落ち着かないのはなぜだろうと 
思っていたときだったのですが、さすがに通知にはびっくりしました。 
 
何か原因があるのではとよくよく考え、思い当った一つが給食でした。 
 
息子がお腹にいるころから、自分の無肥料の自然畑のもの、仲間の無農薬有機栽培の自然のものを中心にした玄米食で、白砂糖を使わず、お肉やお魚も昔の日本人並みに盆暮れ正月や誕生日、お客様といった特別食、ハレの日のご馳走で、卵はうちの庭を走り回る鶏のもの、調味料も本物に変え、味噌も作り、梅干しも作り、たくあんも毎日のお菓子も手作りで・・・ 
という暮らしが基本で育った息子は、時に市販のお菓子などを食べたり、外食をすると、てきめんに白砂糖や化学調味料の影響が出るのです。もう人体実験のようで記録しておけばよかったと今さら思います。 
 
走りまわって止まらない、北海道で言うおだってしまった状態で、人の言うことも聞き入れなく、突っ走ったあげく挙動不審にもなり、最後は電池切れ、みたいな状態をお祭りのときやお出かけの時などに繰り返していたのを、思い出しました。 
 
お弁当にしてもらおうかと迷った挙句、給食も食べてみたいと言う息子の意見で、入学してから3年、給食を戴いてきましたが、もしや??? 
 
実は一度お弁当に替えていただけないかと当時の校長先生を交えての話し合いにまでこぎつけた事がありました。 
息子の状態をお話し、うちの家庭環境と、息子の生育環境もお話したうえで、お弁当のお願いをした所、 
その時はアレルギー以外でのお弁当は教育の方針に反するということで却下でした。 
 
化学物質や、電磁波、といった微細なものに対するアレルギーの診断はまだ困難を極め、専門機関による受診、沢山の検査、と、時間とお金と労力がかかります。ひとり親の田舎暮らしの家ではとても… 
母のカン、おかしいという感覚だけでは通じなかったのです。生まれてからずっとこの子を見ている母のカンより、医師の診断書、のほうが今は信頼されるのだとわかった出来事でした。 
 
それからもやはり息子の挙動不審、忘れ物は良くなったりぶり返したりを繰り返し、あまりに頻繁になった挙句の通知でしたので、今度はある程度の確信を持って先生と食生活のお話しもしました。 
 
大滝の給食の名誉のために宣言しますが、 
ここまで手作りで、地元の野菜もつかい、メニューの豊富さも世界旅行な給食は貴重です。すごいです。 
今の一般的な給食から考えると、ものすごく家庭的、良心的です。転勤してきた学校の先生方が、おほめになる大滝の名物の一つでもあります。 
 
自然に育った息子が今普通に使われている食品に敏感なだけで、それも自然なことで、ただ他とちょっと違うだけで別に悪いわけではないし、給食が悪いわけでもない、ということを明記しておきますね。 
 
そして学校との協議の結果、息子が落ち着く一つになる可能性があるのであれば、やってみる価値があるのではというその年に赴任された校長先生のご判断で、お弁当が始まったのです。どんなにありがたかったことか! 
 
ああ、長くなってすみません。 
はしょると誤解を招いたら申し訳ないので、ある程度流れを追いました。 
 
あ、息子の名誉のためにも明記しますが、 
今は全くあの頃のようなことはありません。 
ちなみに専門機関にも行かずじまいでした。 
先生方のためにも明記しますが、これは普通わからないです。うちがよくよく観察していたからたまたまわかるだけで、ごはんやお菓子を食べたら元気になるのは当たり前、が普通。うちの場合はこうでしたが、こういった症例は原因が複雑で、とてもデリケートでもあり、一概には言えないことも明記しておきます。それにしても食の力は大きいです。ほんと、人体実験のようです. 
 
 
そして冒頭のシュウマイに話は戻ります。 
これがそれです。 
 
クッキングペーパーなども貴重品でもったいなく感じてしまうてんねんやは、環境的にも自然の中にいるので普段はよく笹の葉などを蒸しものの時に普通に使います。 
おまんじゅうや、お団子に、笹団子や粽もそうですよね。昔からの防腐、風味づけの知恵です。 
お寿司のバランも、もともとは笹の葉。 
今はプラスチックに変わっていますが、伝統的な笹すしや、飯寿司なども、笹の葉を敷くものもいまだに普通に在ります。 
 
なので、いつも通りお弁当にそのまま入れました。 
そうしたら、息子が、 
「今日弁当に笹の葉が入っていて、みんなびっくりした」というのです。 
 
中には口を押さえてえ〜信じらんないというそぶりの女の子もいたそうで、さりげない風を装いながらも口が少しとんがっている息子は内心傷ついた様子。 
 
今朝のお弁当を詰めている時、 
笹、入れないほうがいい?と聞いてみたら、 
すかさず、入れないでください。俺が恥ずかしいんで。と言われました。 
 
きれいに作られた、プラスチックの色とりどりのお弁当のしきり。透明で、清潔に保たれたサランラップ。 
そういったものが生まれた時からある環境の今の子供たちにとっては、お店で売っていてきれいに包まれて、買うものは安全で、その辺に生えている草は汚い、という感覚になるのもよくわかります。 
私同じく、その中で大きくなったのです。 
今の時代の、それが一般的で、自然。 
 
私は息子に言いました。 
 
新潟の笹団子や、子供の日の粽は、今でも笹に包まれているよね。北海道の飯寿司も、笹の葉やいたどり、フキの葉を上に敷くんだよ。 
今の子供たちは知らない子が多いだろうけど、笹の葉を使うのは、長い歴史の中で人が気付いた自然の防腐剤で、自然の知恵なんだよ。 
でも、お弁当には入れないでおくね。 
 
息子と娘は黙って聞いていました。 
 
私は息子に覚えていてほしい。 
ラップがなくなったときでも、すぐそこに生えている笹の事を。 
人が栽培しなくても、自然に生えてくる、食べてもよいと恵んでくれる山菜と呼ばれる野の草、木の実、薬になる草などの事を。 
 
中国の伝説時代といわれる太古の皇帝の一人、神農は、あまたの野草を自分で摂取し、自分の体を使ってその効能や毒性を調べ、後世に偉大な食の記録を残してくれた人です。今もその本は残っています。 
 
人が今に至る歴史の中で、もともとはすべて自然から戴いているという事実は今も昔も変わりません。 
ただ、自分でとってきて調理加工するか、工場や他の方がするかで「見えるか見えないかの違いだけ」です。 
 
おなべや釜を作るもとも、自然から。 
昔はたたらで鉄を溶かして、叩いて人が作ってた。 
もののけ姫でもありましたね。 
 
洋服を作るもとも、自然から。 
昔は綿や麻を栽培して、糸を紡いで、はたを織り、着物を作ってた。今も同じようにしているけど機械化され、加工の段階が多くて直接人からはあまり見えないだけ。 
 
車やテレビやパソコンやゲームの機械を作るもとも、自然から。 
あまりに沢山の部品があり、わからないけど元をたどればみんなやっぱり自然から。 
 
便利で綺麗なプラスチック製品のもとになる 
石油も、自然から。 
ドロドロとしたあの原油が、あたたかいフリースになったりかわいい髪飾りになるのってまるで魔法みたい。 
 
美味しいお菓子や、カップラーメンのもとも、自然から。 
小麦も畑で育てるし、チョコレートのもとのカカオは木の実だし、お砂糖はサトウキビや砂糖大根ってビートとも呼ばれる畑で育てる野菜から作るのよ。 
大滝は冬になると、国道をビートを満載したトラックが通ります。伊達に製糖工場があるからです。 
カーブの遠心力に耐えられず、よく道路わきにごろっとビートが落ちています。 
あれが、みんなが大好きな甘〜いお砂糖のもと。 
 
風邪をひいたりお腹を壊したときに、 
お世話になる薬のもとも、自然から。 
最近自然ブームで流行りの漢方薬の風邪薬、葛根湯の成分は、昭和新山周りに良く生えている、木に絡みついてのびる葛の根っこ。葛湯になるあれです。 
チンピ、といわれる漢方は、みかんの皮。 
ね、みんな自然のものでしょ。 
 
ずっとこうやって育ってきた子供たちも、 
小さい頃は疑問に思わなかった暮らしも 
学校に入って一般との違いを経験するごとに 
うちは普通じゃないと思うようになり、 
反発、反抗することも多くなる年ごろ。 
てんねんや、かくありき。 
 
うちが普通じゃなかったらじゃあ何が普通? 
 
うちは自然で他は自然じゃない? 
 
そんなことない。 
みんな自然でみんな普通。 
普通って幅広いし、一言ではいいきれない。 
自然だって、どんなに自然とかけ離れているように見えても、大もとをたどれば全部やっぱり自然。 
 
どんなに形が変わっていても。 
どんなに人の手が加えられていても。 
 
田舎暮らしを始めたころは、 
見た目にとらわれていて自然と不自然があると思っていた私。 
 
自然に囲まれた12年の暮らしの中で、一番の収穫は 
不自然なんてないと体験をもって教えて戴いたこと。 
 
不必要なことなんて何もないこと。 
無駄なことなんて何一つないこと。 
 
全部必要。 
全部大切。 
みんな必要。 
みんな大切。 
 
今までのなにもかも。 
これからのなにもかも。 
 
やっぱり感謝に行き着いてしまう、 
これも自然なこと。 
 
朝から長く長く想いが出てきたので書いてしまった、 
これも自然なこと。 
 
さ、これから楽市の仕込み。 
美味しいお菓子、つくろう。 
みんなが食べて、しあわせな気持ちになったら 
私もしあわせ。 
 
色々あるけど、 
やっぱりてんねんやでよかったなと感じる 
今日この頃です。 
[2013.06.20]
てんねんやを始めて最初の楽市楽座の時、 
しあわせなみるくぱんを買ってくださって 
「美味しかったので毎週配達してほしい」 
といってくださったグースの奥様。 
<IMG1>  
ぱんやを始めたばかりの手探りの時、 
どれだけ心の支えになったか。 
 
あれからもう10年近く、ずっとぱんたちだけでなく、ドライフルーツや甘夏、 
大ブームを起こした干し芋など、 
たくさんたくさんお世話になっておりました。 
 
15日の運動会の全校リレーの最中に訃報が入り、 
信じられない思いでした。 
 
食べ物の話、オーガニックの話、 
時には子育ての話、 
時には家族の話、 
毎回配達のたびに話が弾み 
カウンターの前で30分くらい居座ることもしばしば。 
 
お気に入りの品があると 
他のお客様にも進めてくださり、 
本当によくしていただきました。 
 
私が病を戴いてからは 
無理しないようにと気遣ってくださり 
不規則な配達になるときも 
快く対応を引き受けてくださり、 
お歳もちょうど私の母くらいで 
伊達のお母さんのような方でした。 
 
いつも明るくて、軽やかでかわいらしく、 
とても素敵な女性でした。 
 
まだまだ言葉がありませんが 
私にできるご恩返しは 
いただいたご縁を大切に繋ぐこと 
 
いつも、お互い体を大事にして 
まだまだ家族の役に立たなきゃねと話していたことを私も繋いでいくこと 
 
オーガニックや地産地消にとてもご理解があり、 
10年前はまだ珍しかったうちの品も 
とても喜んで応援してくださったこと 
その思いを繋いで広げていくこと 
 
てんねんやがカフェになったら 
絶対に行きます!と楽しみにしてくださって 
自宅の焼き立て感謝祭も 
グースさんのお休みの火曜日に 
開催しようと思っていた 
間に合わなかったけどこれから 
その形に繋げていくこと 
 
グースさんのお店は閉まるけど 
グースさんの思いは変わらずここにもある 
 
まだ命戴いているものは 
繋いでいかなくちゃ 
そのために残っているのだもの 
 
先の方々の想いを繋いで 
後世に残す役割がある 
つぶやきひとつ
友人の畑のニンジン。 
春になって、葉が伸びてきました。 
 
これ、一つの種で足が4本も。 
 
お店には絶対に並ばない姿だけど、 
これってよく考えたら一粒で4度おいしい状態かも。 
 
生産効率がいいのか?ハネ品としてうちに分けていただきますが 
こんなありがたいことはないです。 
プロフィール
てんねんや
てんねんや
地球にやさしい暮らしをと模索していたら、自給自足に行き着き、素人だから失敗だらけの百姓仕事の中で、自然の力や人には計り知れない大きなものがあるのを体感しました。地球の美しさに感動しつつ、子育て自分育てに七転び八起きしながら天然酵母のぱん屋を続け、気がつくと田舎暮らし15年目でした。田舎暮らしの中で自然や命、地球を讃える歌を授かり、風のピアニストmiyukiとのユニット「地球家族」の唄うたいとして、伊達、札幌、函館などでライブ活動もしています。 
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