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[2020.03.15]
■古代オリンピック
 この原稿打っている現在、コロナウィルスで、オリンピックどうなの?と言われてますが…。オリンピックと聞くと、何か清く正しく美しいイメージはありますよね…?たださ、「参加する事に意義がある」このおおいなるアマチュアスポーツの祭典が4年に一度(冬季は2年に1度)行われるに際しては、莫大なお金と利権が動く事は事実のようで…。 


 この事が話題にのぼるたびに「古代オリンピックの精神に立ち返ろう!」等と言いますが、果たして古代オリンピックはそれほど崇高なる理念に基づいて開催されていたのか…? 
 
 世界史事典を紐解くと、紀元前776年に始まったとされる古代オリンピック=オリンピア競技はこのように説明されている。「古代ギリシャ人の民族的祭典のうち最古かつ最重要で、オリンピアのゼウス神殿の4年に1度の祭典に伴う、体育だけの競技…。参加資格は自由身分のギリシャ人男子のみ…。優勝者への賞品はオリーブの枝で作った冠で、非常な名誉であった…」 
 アマチュアが名誉のためのだけに神の前で戦う、いわば神事であった事は確かなようで…。 
 
 ただ、この定義が守られたのはほんの初期だけで、始まって200年とたたないうちにアマチュア主義は崩れ始める…。 
 
 オリンピア競技での優勝者となる事は、個人の名誉を越えて「都市の名誉」であった。優勝者は常に「凱旋」すると、熱狂をもって迎えられた…。 
 
 ギリシャの各都市では優勝者を出すために、出場者に訓練のための多額の助成金を出資するようになった。すぐれたコーチを雇い、筋肉をつけるためのいい食事を摂る事が出来るようにするためだったらしい…。 
 
 出場者が優勝すれば、もちろん報奨金も出た…。紀元前600年頃のアテネの政治家ソロンは、優勝者には兵役2年分の給与に相当する額を支払ったという…。この助成金の出所は、たいてい都市民から寄付で賄われた…。 
 
 また、競技を行う選手からすれば、オリンピア競技で優勝すれば、他の競技会でもシード権をとる事が出来、さらに有利だったようで…。 
 この頃、オリンピア競技の他に、ピュティア競技会、イストムス競技会、ネメイア競技会等、他の都市でも同様の競技会が行われていた。こちらのほうは神事ではないので、元々高額の賞金が出されていたという…。 
 
 選手たちはこれらの競技会を渡り歩き、一般の人では決して手にする事の出来ない財産と名誉を手に入れて行った…。 
 
 選手はアマチュアではなくなり、出場種目も幅跳びなら幅跳び、戦車競走なら戦車競走と専門的になったそうで…急速にプロ化が進んだすえ、コーチたちはムチを持って選手を鍛え上げるようになり、しばしばギリシャ美術の中にもその姿が見られるようになる。競技会のほうはといえば、陰ではワイロが横行するようにもなって…。 
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PROFILE
タリズマン・マスター
タリズマン・マスター
1995年から、この伊達市に、占いスペースを開き、運命アドバイザーとして占いをおこなっています。  
札幌、苫小牧など、遠方よりお越しになる方も、多く占わせていただいています。  
 
占いに使うアイテムは、タロットカード、占星術、など、多岐にわたりますが、アイテムをガイドとして使いながら、霊感によって、その人の本質を霊視します。  
この仕事についたのは、運命だと思っています。 
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