伊達市地域生活情報マガジン『むしゃなび』へ ブログ★むしゃなび トップへ [今日:2] [昨日:0] [106] rss feed
[2018.07.15]
■千社札
 神社・仏閣に、名前や住所なんかを書いた札って、結構貼ってますよね…。ご存じの方が多いと思いますけど、「千社札」と書いて、「せんじゃふだ」と読みます。ただ、「{し}は濁らないよ」という人もいるでしようね…確かに、「し」を濁らさずに「せんしゃふだ」と呼ぶ人もいます。 


 「千社札」は、神社や仏閣にお参りした記念として、天井や柱に貼る札ですよね。名前や住所、職業等が書かれているものもあれば、木札や金属製のものもあります。最近は大半が紙製で、最近はシール式のものが多いですね…。ただ、シール式だと、すぐ色あせて、字も消えてしまうので、私的にはあまりお勧め出来ませんけど…。 
 社寺に、願いや歌を記した札を納める風習は、すでに鎌倉時代の西国三十三観音霊場巡礼で行われていたようで、願いを記した札が貼られてる間は、参籠(宿泊参拝)と同じご利益があると信じられていたからで、元は日帰りの参拝者が貼る札だったのさ…。 
 
 その札に自分の姓名や住所、店名、職業等を書くようになったのは、江戸時代後期の事で、地方から来た参拝者が、お参りした証拠にと名前や出身地を書くようになった。「千社札」と呼ばれるようになったのも、この江戸時代後期の事とみられている…。 
 
 江戸の文化・文政年間(1804〜30)は、天下泰平の世の中だったらしく、庶民の間に旅行ブームが起きている…。その中に、物見遊山を兼ねて1000の寺社を巡るという「千社参り」もあったのね…。とりわけ、当時の江戸では、「江戸に多きもの。伊勢屋、稲荷に犬のフン」と言われたように、稲荷神社が多かった事から、「稲荷千社参り」が人気になった。江戸中の稲荷神社を巡りながら、札を貼ったため、しだいに「千社札」と呼ばれるようになって行った…。 
 
 当時から、高い所に貼ったほうが、よく目立ち、ご利益が多いという事で、継ぎ竿等を使って天井や柱の上のほうに貼る人が多かったらしい…。また、当初は手書きでしたが、江戸文字の「籠文字」や「寄席文字」が使われ、やがて木版画によって印刷されるようになった…。 
 
 ただ、貼っている自分が言うのもなんですが、神社仏閣から言わしたら、迷惑この上ない代物ですから、貼りたい方は、せめて許しを得てから貼るようにして下さいね…。 
▼トラックバック(0)
このエントリへのトラックバックURL:
現在トラックバックの受信を停止中です
▼コメント(1)
名前:タリズマンM  2018.07.30 12:30:32
sarさん  
コメントありがとうございます。  
私の資料ではそのようになっているのですが…私の資料がガセネタかなぁ?  
 
時期的には、日航ジャンボ機のUFO遭遇事件なんかは、そこに関与しているように、私は思いますけど…。  
 
また、コメントお待ちしております。 

▼コメントを書く...
*必須入力です
 「コメント」欄は日本語で記入してください。
 英字数字のみだと、コメントと見なさず投稿できません。
※コメントは承認後に掲載されます。
*お名前:
メール:
URL:
*コメント:
PROFILE
タリズマン・マスター
タリズマン・マスター
1995年から、この伊達市に、占いスペースを開き、運命アドバイザーとして占いをおこなっています。  
札幌、苫小牧など、遠方よりお越しになる方も、多く占わせていただいています。  
 
占いに使うアイテムは、タロットカード、占星術、など、多岐にわたりますが、アイテムをガイドとして使いながら、霊感によって、その人の本質を霊視します。  
この仕事についたのは、運命だと思っています。 
ブログ検索