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[2017.04.01]
■即身仏12 頓入坊
 久しぶりに即身仏さまのお話しを記したいと思います。たぶん、よほど即身仏さまの事調べている方でも、意外と知られていない方に頓入坊という方がいるらしい…。らしいというのも、発掘されてない訳で、その入定塚が残っていると言われていて、私もその地には足を踏み入れた事もないんですけどね…。 


 新潟県柏崎市の北のはずれ、出雲崎町に近い日本海の海岸に観音崎という灯台があって、椎谷という集落があるらしいの…。そこに越後三十三観音霊場の番外、椎谷観音という所がある。仁王門をくぐると、参道はかなり険しいみたいですが、全部で300段の石段を登ると、観音堂が建っているそうで、正しくは椎谷大辻山観世音と言い、境内にはこの付近を統治していた一万石の堀家の遺品を納めた宝物殿もあるそうで…。 
 普段は無人か留守番の方しかいないようなのですが、華蔵院という真言宗のお寺が管理しているみたいなんですが、その石段の途中に「頓入坊入定の窟」と「頓入沙弥碑」と彫られた石碑があるそうで…。 
 
 古い書物によると、牧内大八郎という人物がこの地で即身仏になっていると書いてある書物もありますが、この牧内大八郎という人物はいないようで…ただ、まるっきりの虚偽か?というと、そうではなくて、その人物の正しい名前は巻口清八という人物が仏門に入って、入定塚にある頓入沙弥となったらしい…。 
 
 その「頓入沙弥碑」によると、天明の頃、正明寺部落という所に巻口清八という者がいた…。性格は剛毅で力強く、ややもすると粗暴のふるまいがあったため、周囲からは嫌われていた。ところが、やがて自分でもそれを反省して椎谷観音に帰依するようになり、頓入と名を改めて僧籍に入った。 
 
 頓入坊は深く全非を悔い、何か有意義な仕事がしたいと思い立って、観音堂の参道に石段を作る事にした。そこで、毎日托鉢に出た帰りに海岸から手ごろな石を探して担いで登り、一つずつ石段を築いて行った…。18年間、彼は少しずつ働いて、ついに独力で現在残っている三百段の石段を完成させたという…時に天明八年(1788)五月だったそうで…。 
 こうして生涯の事業をたった1人でやり遂げた頓入坊は、翌寛政元年6月16日、参道の途中の見晴らしの良い場所に石窟を作り、そこで入定したと言われている…。 
 
 昔、日本ミイラ研究グループに属している方たちが、是非に頓入窟を発掘させて欲しいという話はあったそうなんですが、掘って即身仏が出て来たらいいけど、もしそうでないと入定者の名を汚す事にもなるし、檀家衆と相談して断ったという…。たとえ即身仏が出て来たとしても、その後の保存のために莫大な費用もかかる訳で…。その辺りが、発掘されなかった即身仏や入定塚がある理由なんでしょうね…。 
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PROFILE
タリズマン・マスター
タリズマン・マスター
1995年から、この伊達市に、占いスペースを開き、運命アドバイザーとして占いをおこなっています。  
札幌、苫小牧など、遠方よりお越しになる方も、多く占わせていただいています。  
 
占いに使うアイテムは、タロットカード、占星術、など、多岐にわたりますが、アイテムをガイドとして使いながら、霊感によって、その人の本質を霊視します。  
この仕事についたのは、運命だと思っています。 
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