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[2016.07.01]
■北海道のゴールドラッシュ
 北海道にもゴールドラッシュがあった事知っていますかね?冬には流氷が訪れ観光の拠点となる紋別から南に20キロほど下った郊外には、かつて鉱山の町として栄えた鴻之舞という地名が残っている。今では朽ちかけた廃墟ばかりが残るこの場所はかつて金山の町として栄え、鴻之舞金山は”東洋一の金山”として名前を轟かせていた時代があった…。 


 今から100年以上前の明治30年代、紋別にも近いこの辺りの川では砂金が採れるという話題が沸騰して、一攫千金を夢見て多くの人々が集まった。その様子は、”オホーツクのゴールドラッシュ”とも言われ、漁業や林業を営んでいた男たちも仕事そっちのけでこの地にやって来ては、金を求めて川に入ったという…。 
 やがてそんな人々によって川の上流が調査される事になり、金鉱が発見される。 
 
 当初、金鉱は発見者のグループでもあった数名の共同所有で、一面の原野だったこの地に鴻之舞という名をつけたのも彼らだったと言われている…。 
 
 とはいえ、実際に金を採掘するには設備投資等に多額の資金が必要な訳で、1917(大正6)年にこの話を聞きつけた当時の住友財閥が金鉱を丸ごと買収し、本格的な金の採掘に乗り出したそうだ…。 
 
 当時、金がどれほど貴重なものだったかは、多くの財閥や企業によって鴻之舞金山の争奪戦が繰り広げられという記録も残っているから、想像つきますよね…? 
 その後、整備された金鉱では順調に採掘が進められ、金を精錬する設備も大規模になって行った。こうしてオホーツクの山奥にひっそりと眠っていた金山は、東洋一の金鉱と称されるようになったらしい…。 
 
 鴻之舞には金鉱で働く労働者とその家族のための町がいくつも開発されて、最盛期だった1945(昭和20)年ごろには住民の数は1万人以上にも膨れ上がったという。その賑わいは当時の紋別の街を上回るほどで、オホーツクに再びゴールドラッシュがやって来たと言われたそうで…。 
 
 戦前から戦後にかけて50年以上も賑わった鴻之舞金山だったのですが、金の価格が下落して行った事や採掘量が低下した事も重なって、1973(昭和48)年ついに閉山の追い込まれた。 
 
 多くの人々が暮らした町は廃墟となって荒れ果て、元の原野に戻って行った。今では金鉱があった事を示す碑や、作業中の事故で亡くなった労働者のための慰霊碑が建立されている…。 
 その中には、巨大な煙突や発電所、倉庫等のコンクリートやレンガで造られた建物のいくつかは今でも草木に埋もれるようにひっそりと残っている。今でもその壁面にかすかに残る住友グループの「井桁」のマークは、ゴールドラッシュに沸き返ったこの地で暮らした人々が生きた証でもあるかのようで…。 
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PROFILE
タリズマン・マスター
タリズマン・マスター
1995年から、この伊達市に、占いスペースを開き、運命アドバイザーとして占いをおこなっています。  
札幌、苫小牧など、遠方よりお越しになる方も、多く占わせていただいています。  
 
占いに使うアイテムは、タロットカード、占星術、など、多岐にわたりますが、アイテムをガイドとして使いながら、霊感によって、その人の本質を霊視します。  
この仕事についたのは、運命だと思っています。 
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