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[2016.06.01]
■蝦夷三官寺
 寛政11年(1799)、幕府は太平洋沿岸地域である東蝦夷地を直轄領とした。北方警備の強化と、内地化政策を展開し、蝦夷地に派遣される幕府役人や勤番所の諸藩兵、出稼ぎ人等が死亡した時の供養のため、寺院の設置が提案された。当時、「新寺建立の禁」があったが、外国との境にある蝦夷地の特殊性により認められ、供養とキリシタン禁教、国家鎮護の役割を担い、官立の寺院として文化元年(1804)に三寺院の建立が許可された…。 


 和人地に近いウス(現伊達市有珠)には、古くから民間信仰の霊場があり、これを素地として浄土宗善光寺が設置され、山越内から白老までを管轄した。 
 千島列島を中継する良港、アッケシ(現厚岸郡厚岸町)には臨済宗国泰寺が設置され、十勝から国後島・択捉島までを管轄した。警備上の要地であるとともに、経済活動の重要な拠点であるため、豊漁や商売繁盛などの祈祷も行っている。 
 
 シャマニ(現様似郡様似町)に設置された天台宗等澍院は、勇払から襟裳までを管轄した。この地は東蝦夷地の中央に位置し、道路開削によって陸路の交通確保が図られた要地でもあった。 
 
 寺院の設置目的に、アイヌ民族への教化はないものの、寺院奉行からの掟には、「蝦夷をして本邦の姿に帰化せしむ事」とあり、布教活動があったとされている。 
 
 有珠善光寺では、念仏布教を説いた「念仏上人引歌」に、アイヌ語訳を仮名文字で表記した版木が作られていて、国泰寺にはアイヌ民族の死者への「供養」や「戒名」の記録が見られる。また、三官寺とも年中行事などにアイヌの人々を招いており、生活における交流の中で、布教が行われていたと思われますね…。 
 三官寺は自然災害や財産難に見舞われながら、緊迫する北方警備の中で寺院活動を続け、その寺務記録は、近世の蝦夷地を「現地」から語る貴重な資料として、研究が進められている…。 
 
 貴重な歴史的なお寺が、この伊達にもありますから、善光寺さんには、宝物殿等もあるので、是非ご参拝と見学に…。 
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タリズマン・マスター
タリズマン・マスター
1995年から、この伊達市に、占いスペースを開き、運命アドバイザーとして占いをおこなっています。  
札幌、苫小牧など、遠方よりお越しになる方も、多く占わせていただいています。  
 
占いに使うアイテムは、タロットカード、占星術、など、多岐にわたりますが、アイテムをガイドとして使いながら、霊感によって、その人の本質を霊視します。  
この仕事についたのは、運命だと思っています。 
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