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[2014.07.01]
■魔王尊
 京都左京区の鞍馬本町にある鞍馬寺は、鞍馬弘教総本山で、開基は鑑真の高弟・鑑禎であり、この寺の奥に「奥の院魔王殿」と呼ばれる小さな社がある…。魔王殿の本尊は、魔王尊「サナート・クマラ」。今から650万年前、金星から、白熱の炎に包まれて、天地を揺るがす轟音と共に降臨したそうで、その聖なる場所が同地なのね…。 


 体は人間と異なる元素から成り、年齢は16歳のまま年を取らない。魔王尊像は、背中に羽根を持ち、長い髭を蓄えた仙人のような姿をしているんですけどね…。その使命は、遠い未来、地球に破局が訪れた際、人類を水星に移住させる事だそうで…。オイオイって、水星に人間が住めると思えないですけど…。(笑) 
 魔王尊は、地球での姿は自由自在らしく、出会った人物も世界中にいるそうなの。一人は、鑑禎。宝亀元年(770)正月の夜、鑑禎は山城国北方に霊山がある事を夢に見る。それが鞍馬山だった。「鞍馬」の名は「クマラ」にちなんで付けられたともいう。更に霊夢に魔王尊が現れて嘉瑞を見るだろう…と予言。毘沙門天が降臨するのを目撃した鑑禎は、ただちに一宇の草堂を建て、毘沙門天像を安置したという。 
 
 更に延暦15年(796)、藤原伊勢人の夢に、童子姿の魔王尊が現れた。お告げに導かれた先で、鑑禎が祀った毘沙門天像を発見。伊勢人は伽藍を建立し、北方守護の道場とした。これが鞍馬寺であるとされている。そして、魔王尊は、毘沙門天と共に鞍馬寺の本尊として崇められるようになったそうです。 
 ある研究者によると、サナート・クマラは西欧で地下帝国の支配者を意味している。そのため、この奥の院魔王殿に地下帝国の入り口があるのではないか?と提唱している…。この通路は、北欧、ヒマラヤ、南米、そして日本の4ヵ所しかなく、鞍馬山の魔王殿もその一つなんだと…。魔王尊のある宝殿は、60年に一度、丙寅の年に限って開扉される。奥の院魔王殿には、私たちの未だ知らない世界が広がっていたりして…? 
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PROFILE
タリズマン・マスター
タリズマン・マスター
1995年から、この伊達市に、占いスペースを開き、運命アドバイザーとして占いをおこなっています。  
札幌、苫小牧など、遠方よりお越しになる方も、多く占わせていただいています。  
 
占いに使うアイテムは、タロットカード、占星術、など、多岐にわたりますが、アイテムをガイドとして使いながら、霊感によって、その人の本質を霊視します。  
この仕事についたのは、運命だと思っています。 
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