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[2011.07.01]
■即身仏7 弘智法印
 かれこれ即身仏さまの事を紹介し始めて、7回目になるんですね。(笑)どういう訳か、即身仏さまの記載は人気があるようで、懲りずに今回は日本の国内で、一番古い即身仏さまを紹介しようと思います。即身仏の信仰は、元々、弥勒菩薩が56億7000年後、この世の中に下生して、全てのものを幸せにする…という、弥勒信仰がベースにある事は、よく言われる事なのだけど、その弥勒菩薩の下生をもう600年以上も待っている方が、この弘智法印さまで… 


 新潟県三島郡寺泊町の西生寺に祀られている。法印さまは、南北朝の中頃の方で、現存する日本で最古の即身仏です。俗称は児玉氏、千葉県八日市場市郊外の大浦村の鈴木家が生家らしいのだけど、同家には記録はないらしい…。ただ、同家には鎌倉初期の安貞元年(1227年)8月と弘長2年(1262年)4月の刻銘がある珍しい位牌が2基残っていて、鈴木家の歴史の古さを物語っているようなの…。 
 
 弘智法印は、その生家に近い蓮生寺で、修業をしたというが、現在も同寺はあり、境内の弘智堂に弘智法印さまの木像を祀っている。 
 
 弘智法印は、故郷の蓮生寺で修業をした後、高野山へ登り密教を学んで帰国。更に江戸へ出て四谷に蓮乗院を建立したが、これは新宿区四谷寺町にあった蓮華寺の事のようだ…。以後、諸国修業の旅に出て、青森県の十三湖のほとりにある市浦村の山王坊へ錫杖を留めたといわれれているのだけど、これも真実らしく、江戸時代の菅江真澄という方の「外浜奇勝」の中に、山王坊に弘智法印が止住す、と記されている。この山王坊は、今や鬱蒼たる杉木立の中に、神社が森閑としてあるだけで、人姿も絶え、かなり不気味なんだけどね…。 
 市浦村は南北朝騒乱の基となった安東氏の城下町であったようなんだけど、弘智法印の訪れた時は、殷賑を極めていた頃のようで、地元では、弘智法印が「十三住来」という一文を書いたとしているが、定かではない。恐らく、私が思うには、そこから船で新潟へ行き弥彦神社へ参拝。そこから山越えして猿ヶ馬場という峠を通り1.5キロの地にある不動滝の岩坂というところに出た。ここは西生寺の奥の院にあたる平地なのだけど、そこへお堂を造り養智院と名付け三昧業に入ったと伝えられている。入定は、貞治2年(1363年)10月2日、歳は82歳だったようで、辞世の歌が残されている。 
 
 岩坂の主を誰ぞと人問はば、墨絵にかきし松風の音 
 
 弘智法印は日頃から門人たちに「自分が死んだなら遺体を埋葬してはならぬ。骨鏁(骨格の事)を世に留めて弥勒の下生の暁を待とうと誓いを立てているのだ!」と、言っていたという。それで、遺言通り養智院に祀っていたが、今は西生寺の小高い丘の上に立派な弘智堂が作られて安置されている。 
 
 古来、弘智法印さまの即身仏は非常に有名だったらしく、多くの人が参詣して記録を残しているのだけど、松尾芭蕉にしても江戸時代の鈴木牧之は「北越雪譜」の中に弘智法印さまの事を、「今、天保9年をさること477年にいたりて枯骸生けるが如し…見る所ただ面部のみ、手足は見えず、寺法なりとて近く観ることを許さず、目を閉じて眠りたるが如し」といって、スケッチを入れている。枯骸生けるがごとし!というのだから、江戸時代くらいまでは、相当生々しかったのかも知れませんけど…。 
 
 また、お寺に伝わる伝説では、江戸時代にある奴が、「こんなもの偽物か作り物だ!」と言って、槍で弘智法印さまの胸というかわき腹を刺したところ、その傷跡からは大量の血が出たそうなの…そしてその奴はその途端気が狂ってしまい、自ら近くの岩に頭を打ち付けて、自殺してしまった」という伝説もありますわ。まして、その奴の頭骸骨が、西生寺の宝物殿に、奴の頭骨として展示してあったりもしてます。 
 実は、私個人がここ西生寺で不思議な経験をしてまして、弘智法印さまに手を合わそうと、弘智堂に登って行く時、一人の年配の紫色の衣を着たお坊さまが、私に合掌をして頭を下げて下さったので、私も頭を下げて頭を上げたら、そのお坊さまはおらず、周りにいた者も、そのようなお坊さまは見てない!って言うんですわ?その話を後からいらした西生寺のその当時の副住職さまにお話したら、「たぶんそれは弘智さまでしょう。弘智さまが紫の衣を着てるので、この寺ではあえて紫の衣を着る人がいないのです。」と、また「このあたりの婆さまのよく枕元に弘智さまが来るらしく、今日高野山に行くから…」って知らせに来たりもするそうで、その度、そのおばぁさんは、おにぎりを持って弘智堂に捧げに来たりもするそうです。 
 
 何で、私なんかにお姿見せてくれたのかは、未だに不明ですが、今でもお顔ハッキリ覚えてますし…。 
 
 また、長い文章になりました。最後まで読んでくれた方、ありがとうございます。それが弘智法印さまに少しでもご供養になる事を願って…。 
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▼コメント(4)
名前:タリズマンM  2011.07.03 10:14:23
夢さま  
 
そうですか…。夢さんにとってタリズマンがパワースポットであって欲しいです。  
 
また、お友達共々、お顔見せて下さいませ。お待ちしております。  
 
名前:夢  2011.07.02 21:43:11
確かに、私も前に「あの場所は自分にとってパワースポットなのかな?」と思った事があります。  
行く度に、帰る時の自分の体がすっごく軽くなってて、どこまでもスキップしていきたい気分になります。  
 
やっぱりそうなのかな。  
 
しばらく悩みっぱなしだし、行きます。  
 
Twitter上での知り合いが悩んでいたので、紹介したら場所とか詳しく教えて欲しいと言われたので、教えました。  
その方もそのうち行くと思いますので、よろしくお願い致します。  
名前:タリズマンM  2011.07.02 16:41:13
夢さま  
 
弘智法印さまの事、興味を持ってくれたようで、ありがとうございました。一度新潟のほうへ、行く機会があれば、是非一度弘智さんに逢いに行って欲しいですね。  
 
確かに、私も不思議な体験をして、今でも何で?って首傾げますけど、夢さまもそれってかなり不思議な体験ですね…。まして、その場所が、うちの店ですか?たくさんの神様のお札切ってるから、夢さんに呼応したのか、夢さんにとって、この店がパワースポットみたいなものなのかも知れませんね。  
 
そうであったら嬉しいですけど!(笑)  
 
また、是非このブログにもお店のほうにも遊びに来て下さい。お待ちしております。 
名前:夢  2011.07.02 01:25:55
最後、とても良いお話しで心がホワッとしました。  
弘智さまのこともわかったし、会ったことがあるなんてすごい!  
姿を見せてくれたのは、何か伝えたかった事が会ったのかな?と、私は思いました。  
なんだか不思議でとても感動しました。  
 
私も不思議な体験とまでは行かないかも知れませんが…  
何度かお店の方にお邪魔しています。その節は悩む気持ちを助けて下さり、ありがとうございました。  
 
友人と2人で行ったのですが、順番を待っている間イスに座りながら占いブースの横の空間の上の辺りを何気なくボーッと見ていたら、その空間の一部だけがキラキラと輝き出して、最初は不思議に思うことなく「綺麗だなぁ〜」とボーッと見ていたんです。  
一人違う世界に入ったような気持ちで、頭の中では何故か綺麗な音楽が奏でられて…  
そのキラキラは例えるとダイアモンドダストのような感じ。一部だけに集まり、一つひとつが上下にゆっくり動き、私はすごく良い気持ちになりフワーッとして見ていたら、ふと我に返り「ん?何これ?」と思い、コンタクトにゴミでも?と何回も瞬きしてもまだキラキラがゆっくり動き、綺麗な音楽もまだ頭の中でなっていて、「え?…何?」と思った瞬間、消えてなくなりました。  
 
その後の占い結果がすっっっごく嬉しい内容でとってもすっきりし、体も悩みが抜けて軽くなり、大喜びで帰りました。  
今でもあれは何だったんだんだろうとずっと気になっています。  
見ていてすごく良い気持ちになったし、あれは何か良いものだったのかなと思ったりもします。  
 
…何かわかるでしょうか?  

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PROFILE
タリズマン・マスター
タリズマン・マスター
1995年から、この伊達市に、占いスペースを開き、運命アドバイザーとして占いをおこなっています。  
札幌、苫小牧など、遠方よりお越しになる方も、多く占わせていただいています。  
 
占いに使うアイテムは、タロットカード、占星術、など、多岐にわたりますが、アイテムをガイドとして使いながら、霊感によって、その人の本質を霊視します。  
この仕事についたのは、運命だと思っています。 
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