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[2016.10.15]
 藤原京・平城京・平安京…当時の都は中国からの風水思想に従って四方に守り神というか四神獣が置かれて、風水的にも霊的にも守護されているはずだった…。平安京では、過剰なまでに風水による厳戒態勢が敷かれていて、四神の霊的結界を張ったのはもちろんの事、鬼神が侵入するとされる北東の鬼門の方角には比叡山が置かれ、いかなる魔物も侵入を許さない布陣を張っていた…。 


 まして、それに加え、御所には陰陽寮が置かれ、当時の国家公務員であった陰陽師たちが、日々様々な呪術を行っていた。 
 まさに完璧、完全な防御態勢に思えるのだけど…それでもなお、都には魑魅魍魎の類が闊歩していて…なかでも問題は人間!故人となった怨霊!最大の猛威を振るったのは、有名な大宰府に追われて悶死した菅原道真の怨霊ですが、謀反の濡れ衣を着せられ伊豆に流される途中で客死した橘逸勢も怨霊化し、疱瘡の流行や地震を引き起こしている。また、応天門の放火犯とされた伴善男は行疫流行神となり、京中に疫病をばらまいたとされている…。 
 
 こうした中で、夜になれば都の辻々には物の怪の群れが跋扈し、大江山では鬼が徘徊していた…。京は「平安」とは名ばかりの「暗黒の京」だったようで…。 
 
 そんな平安京のみならず、平城京、藤原京までを「守護」すべく張られた巨大な「結界」があるという…。もし、手元に地図がある方は見て欲しいのですが、三重県の伊勢神宮、和歌山県の熊野本宮大社、淡路の伊弉諾神社、丹後の元伊勢、そして滋賀県と岐阜県の境にある伊吹山を結ぶと、藤原京(明日香)、平城京、平安京を守護する巨大な逆五芒星となる…。 
 このうち4つの神社は、日本の歴史上でも極めて重要な意味を持つ神社で、すべて聖地に建立されている。伊吹山も古くから霊峰として崇められて来た霊山で、ヤマトタケルの命はこの山の神の怒りに触れて死んだとされているし…。 
 
 五芒星というのは、一筆書きでつくられる五角形の星型ですよね?陰陽道においては、魔除けの呪符としてよく知られていますよね?というのもこの形は、陰陽道の基本概念である陰陽五行説の「木・火・土・金・水」という5つの根源物質の働きを表したものであり、あらゆる魔除けの呪符として広く用いられて来たものですしね…。 
 
 有名どころでは、平安時代の希代の陰陽師・安倍晴明がこの五芒星を紋に用いていて、「安倍晴明判」あるいは「晴明九字」、「晴明桔梗」等と呼ばれており、陰陽道の呪符としては、最強の紋様の一つですからね…。 
 
 その五芒星が複数の都を守護するように近畿地方の大地に刻まれていますから、おそらくは、陰陽師が用いる「結界」をスケールアップしたものに違いないのではないか?と思われる。 
 地図で見ると、五芒星の一辺はおよそ100キロ以上!その規模からいっても尋常なものではない訳で…。 
 
 ただ、地図をよく見ると、中心にあるのは平城京である事が分かる。だから、この巨大な五芒星が意図的に張られた「結界」だとしたら、本来は平城京を守護する事が目的だったのではないでしょうか…?逆五芒星良いのかなぁ…? 
[2016.10.01]
 岡山県、桃太郎のルーツともされる観光名所「吉備津神社」から歩いて10分ほどという好立地ながら、観光客の姿をあまりみかけない、この「鼻ぐり塚」…。奉納されている物の形態のヘビーな見た目と内容がその理由とは思いますけどね…。 
[2016.09.15]
 戦後から今も教会で結婚式を挙げる方が多いでしょうかね…?キリスト教式の結婚式に押されて来た神前結婚式ですが、ここ数年は若干増加の傾向にあるようで、「和」を見直し、回帰する若い人が多くなっているそうで…。特に結婚を惹きつけているのが「和装」だといわれている。普段は洋服を身に着けているでしょうから、人生の節目である結婚式は、日本の伝統衣装である白無垢を身にまといたいと思うんでしょうかね…? 
[2016.09.01]
 ♪恋するフォーチュンクッキー〜♪って、どこかの歌じゃないけど、中華街なんかへ行くと、年から年中売られている占いが入ったお菓子ですよね?北海道の方は、あまり馴染みがないかも?ですけど…。このフォーチュンクッキーのルーツといわれるものがある…。 
[2016.08.15]
 5世紀頃、第16代仁徳天皇の時代、飛騨に「両面宿儺」という化け物が現れた。両面宿儺は身の丈1丈(約3メートル)、2つの顔と、4つの怪力の手、4つの俊足の足を持ち、2本の剣と4組の弓矢を操って、人々を殺していった。天皇は難波根子武振熊を派遣し、激しい抵抗にあいながらも宿儺を討伐。その遺骸から首を切り落とし、首を都に持ち帰った…。 
[2016.08.01]
 最近、意外とタトゥー入れてる方を結構見る…。あえて入れ墨と言わせてもらいますけど、世界中のあらゆる場所で、古代人類は入れ墨の文化を持っていた。北極圏から南極圏まで、様々な地域で、入れ墨は世界共通、同時発生的に生まれたとされている…。 
[2016.07.15]
 夏本番を迎える7月の下旬は、街のいたる所で「うなぎフェアー」が開催されますよね?「土用の丑の日は、うなぎを食べよう!」そんなキャッチフレーズが広告に踊ります。まぁ、栄養価の高いうなぎを食べたら、夏に向けてスタミナつくかも知れませんね…。ビタミンもミネラルも豊富だし、夏バテに効果もありそうではありますけど…。 
[2016.07.01]
 北海道にもゴールドラッシュがあった事知っていますかね?冬には流氷が訪れ観光の拠点となる紋別から南に20キロほど下った郊外には、かつて鉱山の町として栄えた鴻之舞という地名が残っている。今では朽ちかけた廃墟ばかりが残るこの場所はかつて金山の町として栄え、鴻之舞金山は”東洋一の金山”として名前を轟かせていた時代があった…。 
[2016.06.15]
 「史記」項羽本記の一節に次のような話がある…。鴻門の会の直前、沛公(劉邦)は快進撃を続け、秦の都咸陽を破り関中に入って王を捕らえようというところまで来た。それを知った項羽を怒り、沛公を攻撃しようとする。沛公の兵10万に対し、項羽方40万…。 
[2016.06.01]
 寛政11年(1799)、幕府は太平洋沿岸地域である東蝦夷地を直轄領とした。北方警備の強化と、内地化政策を展開し、蝦夷地に派遣される幕府役人や勤番所の諸藩兵、出稼ぎ人等が死亡した時の供養のため、寺院の設置が提案された。当時、「新寺建立の禁」があったが、外国との境にある蝦夷地の特殊性により認められ、供養とキリシタン禁教、国家鎮護の役割を担い、官立の寺院として文化元年(1804)に三寺院の建立が許可された…。 
PROFILE
タリズマン・マスター
タリズマン・マスター
1995年から、この伊達市に、占いスペースを開き、運命アドバイザーとして占いをおこなっています。  
札幌、苫小牧など、遠方よりお越しになる方も、多く占わせていただいています。  
 
占いに使うアイテムは、タロットカード、占星術、など、多岐にわたりますが、アイテムをガイドとして使いながら、霊感によって、その人の本質を霊視します。  
この仕事についたのは、運命だと思っています。 
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