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[2016.12.24]
■ドロミテの峰
北イタリアのサン・ピエトロ村というところに3泊して、毎日少しづつ違う位置や高さからのドロミテ山群を眺めていた。岩峰の屹立と緑の丘や針葉樹の森との組み合わせが作る景色は、いままでに見たことのない世界だった。(2016年6月後半のこと)  
実はドロミテという呼称は、とても広範囲を示す名で、わたしたちがフネス渓谷のサン・ピエトロ村から眺めていた山群は、ドロミテの領域の一部であるガイスラー山群という名のところだという。  



だがどうもガイスラー山群という言葉は耳慣れないので、ここではドロミテという名でこの尖った峰々を呼ばせてもらおう。またドロミーティというのが、イタリア語の発音に近いようだが、ドロミテという呼称が日本で慣れ親しまれているので、これを使わせてもらおう。  
 
その尖った峰々のつらなりは、地上から急速に立ち上がって、誰も近づけないように高々と空にある。朝や夕べの光や晴れや雨の日の陽の加減で、山の色は明るいグレー、薄茶色から黒っぽくにも変化する。イタリア語では“モンティ・パッリティ(青白い山々)”とも呼ばれるので、場所や陽の加減では青灰色にも見えるのだろう。  
その下の谷間に人々が住むエリアが広がる。緑の牧草地と家々そして針葉樹林の森が広がる。尖って人も寄せ付けない峰々とその下に広がる緑の草原。その対比が他にはない景観を創っている。  
初めてこの峰々を目にした人々は何と思っただろう。  
険しい、近づきがたい、畏れ多き、天の領域の峰。  
どうしたらこういう山ができるのだろう?  
谷間の風景だけを見ていると気持ちは穏やかだが、この尖った峰々に接すると、非日常的で、こんな風景もあるのだなあと思ってしまう。  
 
 
ドロミテの名は、18世紀フランスの地質学者デオダ・ドゥ・ドロミューに由来する。デオダ・ドゥ・ドロミューは、この山々にとてもたくさんある鉱物、苦灰石(ドロマイト)を発見した人物である。苦灰石は、カルシウム、マグネシウムを含む鉱物で、石灰岩が海中で変容して生成する。セメント原料、ガラス原料、鉄鋼精製用、土地改良剤、肥料、食品添加物(カルシウム、マグネシウム強化)などにも用いられている。日本では栃木県佐野市、中国では遼寧省などが産地として知られる。  
ドロミテ山群の起源は、約2億5千万年前、三畳紀にかけて亜熱帯の海底が数々の地殻変動を繰り返したことによる。造山運動を誘発され、その後は堆石、風化、隆起を繰り返し、氷河期には氷河によって岩山が削られて切り立った2000〜3000m級の褐色の地形が完成した。ドロミテの風景はまさに雄大な地球の営みが長い年月をかけて創り上げた。  
 
先日「体感!グレートネイチャー」(NHK BSプレミアム)という番組で、「山が輝く!怪現象 エンロサディラ 」というタイトルでドロミテの山肌が夕陽で黄色、オレンジ、バラ色に輝く姿が紹介されていた。この中では、ジオパークにもなっている峡谷を歩くと、両側に高く2億数千万年にわたる地層が積み重なっていた。中間には黒い層があり、火山活動の証だそうだ。海中で石灰岩層ができた後に火山活動で、石灰岩層にマグネシウムが入り込んだ。このマグネシウムの化合物がドロミテ山塊には多く、表面がきらきらと輝くそうだ。このきらきら物質に夕陽が反射すると、より明るく山肌が輝く現象がエンロサディラと呼ばれ、古来この地方の人々が尊んできた。日中雨が降っていたのが夕方に止んで、夕陽が出てくると黄色に染まる。それが刻々とオレンジ、バラ色に変化していく様は荘厳である。上空に適度の雲があるとそこに陽が反射して、より光量が増して明るく輝くそうだ。残念ながらわたしたちの滞在したサン・ピエトロ村では、この現象は見れなかった。  
 
 
谷間にサン・マッダレーナ教会という古い教会がある。ここの教会は“絵になる”場所にある。少し引いてみると、両側が山に囲まれた谷あいにあり、手前や周辺は緑の牧草地が広がり、針葉樹のドイツトウヒ、ヨーロッパモミ、ヨーロッパアカマツなどが森を作っている。そして奥の方に尖ったドロミテの峰々があり、手前から奥に穏やかさから荘厳さ・険しさが連なる景色となっている。  
カトリック教会の尖った塔を見ていると、初めにこの形を創造した人は、ドロミテのような尖った峰々から示唆を受けたのではないかと思ってしまう。  
空に向かっていく姿勢、何物も近寄りがたい崇高さなど自然の造形からの影響があったに違いない。人間の創るものは自然界からその造形の妙を与えられているはずだ。  
 
サン・ピエトロ村のあたりは南チロルと呼ばれる。  
元々チロルと呼ばれる地域は、中世以来ハプスブルク家の所領である「チロル伯領」にあたる地域で、第一次世界大戦後にオーストリアとイタリアに分割された。オーストリア領の北チロルと東チロルはチロル州に属し、イタリア側の地域のうち、南チロルはボルツァーノ自治県として、またヴェルシュチロルとも呼ばれたトレンティーノはトレント自治県として独立の県となっている。南チロルの住民も大部分はドイツ系の人々で、初等教育よりドイツ語が使用されている。現在イタリアにある地域も、歴史上の経緯があるのでイタリアの中でも自治を認められた県としての地位が与えられているのだろう。サン・ピエトロ村あたりの地名看板でもドイツ語とイタリア語が併記されている。チロルは古来地政学上、南ドイツの諸都市とイタリアを結ぶアルプス越えの要衝の地として位置づけられてきた。  
サン・ピエトロ村は小さな村だったが、居心地がよかった。ホテルでの食事は朝食のみだったので、夕食は外でとった。ホテルの人が経営する村の中心あたりのレストランで夕食を2回とった。2回目は休日だったためか、店内は混んでいた。隣のテーブルでは、親、子、孫の3代の大人数のグループが食事中で、にぎやかで楽しそうでもあった。サッカーのヨーロッパ選手権の最中で、その試合観戦で盛り上がってもいた。近隣の人がみなレストランに集まって懇親会をしているのではないかと思えるほどだった。  
サン・ピエトロ村を去る日、山の高台に車で徐々に登って行った。ドロミテの山の形が登るにつれて変化していく。どこから見ても、りっぱな尖った峰々であった。  
(2016-11-23記)  
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プロフィール
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mimi_hokkaido
2007年に横浜から夫婦で移住。趣味は自然観察/山登り、そしてスケッチやエッセーを書く・・・ 
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