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[2016.11.24]
■チロル アーヘンゼー鉄道
オーストリアの西部にあるアーヘン湖(Achensee)は、チロル地方で最も美しい山岳湖といわれる。氷河の堆石が谷をせき止めてできた湖で両側に山が迫る。 



この湖のほとりと下の町イェンバッハとの間約7kmとを結ぶ小さな鉄道がある。アーヘンゼー鉄道と呼ばれ、歴史は古く、今でも小さな蒸気機関車が客車を引っ張って観光客を運んでいる。 
1889年の開業という。現役のラック式蒸気鉄道ではヨーロッパ最古で、動く重要文化財ともいうべき存在である。 
アーヘンゼー鉄道は、標高530mのイェンバッハから最高点970mのエーベンを経て、アーヘン湖畔にある標高931mのゼーシュピッツに至る、軌間1000mmのラック式・粘着式併用の鉄道である。ラック式というのは、線路上に歯車を平らに延ばしたラックというものを敷いて、機関車側に取り付けたピニオン歯車がかみ合いながら坂道を上り下りする方式である。通常の金属のレールと車輪の摩擦だけの方式(粘着式:こう呼ばれている。別に粘着剤を用いているわけではない)では、上り下りできない急斜面を安全に走行するための仕組みである。 
1886年の当初計画では、南ドイツからアーヘン湖、イェンバッハを経て、マイヤーホーフェンに至る鉄路で、将来的にはミュンヘンからマイヤーホーフェンまでがつながる大きな構想を持っていた。この構想は途中とん挫したが、イェンバッハからマイヤーホーフェンに至る線は、ツィラータール鉄道として実現した。しかしツィラータール鉄道は軌間760mmが採用されたため、アーヘンゼー鉄道は直通が不可能な短い区間の鉄道となった。それでも、第一次世界大戦までは、旅客輸送の他に湖周辺から伐り出された木材の輸送もあり、電化が検討された好調の時もあった。第一次大戦後、国内は不況にみまわれ、鉄道はたちまち運行中止の危機に陥った。何とか持ちこたえたのは、発電所の建設に伴い、資材運搬という任務が生じたおかげであった。 
 
アーヘン湖の水を南側に導き、イン川との落差380mを利用して水力発電を行うというものであった。発電所を経営したのは、チロル水力発電株式会社(Tiroler Wasserkraft AG、略称TIWAG)であり、この後アーヘンゼー鉄道とも深い関わりを持つことになる。 
アーヘンゼー鉄道は、第一次世界大戦、第二次世界大戦の戦火など幾多の盛衰をくぐりぬけて、戦後を迎えた。 
戦中戦後の酷使によって施設設備の疲弊が進行していて、保守に関する費用が莫大になり、このとき大株主になっていたTIWAGの内部補てんだけではまかないきれない限界に達していた。存続の危機に直面した時、19世紀の建設には反対した市民が今度は良き理解者となった。歴史的価値が高く、地域振興に欠かせない観光資源を救おうと、1978年に市民たちが行動委員会を起こし、行政に働きかけた。その結果、エーベン、アーヘンキルヒ両村、後にイェンバッハ村も経営に参加することになった。老朽化した線路が更新され、蒸気機関車は傷んだ部品を交換しながら現役を続けてきた。現在では長い間廃車となっていた4号機も復活して、4機体制で運行されている。 
今回わたしたちは、湖のほとりのゼーシュピッツから下の町イェンバッハまで下る列車に片道乗車した。しばらくはほとんど平坦な線路を行くが、途中から林の中の下り斜面に入っていった。ここでは線路上に敷かれたラックと機関車の歯車がかみ合い出して、ガクンガクンという振動が客車にも伝わってきた。機関車の吐き出す煙や蒸気の匂いがオープンな客車の方に流れてきた。この匂いは久しぶりに嗅ぐ匂いだ。 
機関車は進行方向の前側に後ろ向きの形で連結されている。このような急斜面のある区間では、機関車は斜面の下側になるように連結される。これは、万が一客車との間の連結が外れたときに、ラックとしっかりかみ合っている機関車がストッパーになるようにとの配慮だ。従って、イェンバッハ発ゼーシュピッツ行の反対路線では、登り斜面のところでは機関車が最後尾に連結されて、後ろから押していくスタイルとなる。 
 
イェンバッハ駅は鉄道から見ると面白い駅である。3つの異なる軌間の鉄道が交わるところなのだ。 
前述のアーヘンゼー鉄道が軌間1000mmでイェンバッハからゼーシュピッツまで。 
ツィラータール鉄道が軌間760mmでイェンバッハからマイヤーホーフェンまで。 
また、イン谷に沿ってオーストリア連邦鉄道(ÖBB, Österreichische Bundesbahnen)が走っていてイェンバッハもその駅となっている。ÖBBは標準軌の1435mmである。 
いろいろな歴史的な経緯があるのだろうが、軌間が異なるため、それぞれの鉄道は互いに相互乗り入れはできない。 
わたしたちがイェンバッハ駅に着くと、機関車は一旦切り離されて、別の線路を通って石炭と水の補給場所に移動してその作業を行った。再び行った経路を戻った機関車は、客車とがちゃんと連結された。けっこう鉄道好きな人々がその作業をのぞき込んでいる。その間、隣のÖBBの線路を赤とグレーのツートーンに塗られたrailjetという列車が通って行った。 
連結を終えた機関車は、また多くのお客さんを乗せて、ゼーシュピッツ駅を目指して出発していった。 
駅構内の車両止めの上に、ラック式の実物モデルが置かれていた。車輪、車軸の真ん中に歯車があり、レールの中ほどにあるラックとかみ合っている、その部分だけの実物モデルであり、車体の下でこの機構が働いて斜面を上り下りしていることが分かる。 
 
今回わたしたちは、アーヘンゼー鉄道に乗車したが、一緒に行った友人は列車より先行して車で走ってくれて、所々で列車に乗っているわたしたちの姿を写真や動画に収めてくれた。列車に乗っても、自分たちが乗っているところを外部から写真に残す事はなかなかできないことなので、この写真類はいい思い出になっている。 
 
斜面で水平になるように少し前のめりに傾いた小さな機関車。石炭を運転台の横に積んで、真っ黒になりながらの運転手さんと石炭込めをしている助手の人。客車の中は座席が枕木に平行に配置されていて通路がない。車掌さんは客車の外にある渡し板の上を歩きながら検札に回る。ゆっくりのスピードだから、そんなこともできるのだ。120年以上前から運行を続けている現役の機関車。人々の残しておきたいという思いが詰まっている鉄道なのだろう。 
先日、白滝ジオパークを訪れたときに丸瀬布いこいの森公園にて、雨宮21号に乗ることができた。こちらは1928年生の88歳の現役機関車であった。今年は図らずも2つの古い歴史のある蒸気機関車に乗ることができた。 
 
◆参考資料 
「地図と鉄道のブログ」オーストリアのラック式鉄道―アーヘンゼー鉄道1,2 
 
アーヘンゼー鉄道に乗車したのは、2016年6月後半である。 
(2016-10-4記) 
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2007年に横浜から夫婦で移住。趣味は自然観察/山登り、そしてスケッチやエッセーを書く・・・ 
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