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[2018.02.03]
 


北海道の新聞やテレビで時々、札幌市のLGBT(性的マイノリティの方)への支援のニュースが報道される。  
「札幌市では、互いの個性や多様性を認め合い、誰もが生きがいと誇りをもつことができるまちの実現を目指し、札幌市LGBTフレンドリー指標制度を開始」  
として、企業などにLGBTについての啓発、福利厚生、配慮などの取り組み推進を呼びかけている。日本の自治体の中には、既にそのような取り組みをしているところもあるが、政令指定都市としては札幌市が初めてになるそうだ。  
時々にこれらニュースに接すると、下記の話を思い出す。  
 
*アガトンの家の饗宴に臨んで、洒落者アリストファネスのした卓上演説は、不思議に俺の頭に忘れ難い印象を残している。彼の説に従えば、その昔人間には「男」と「女」と「男女」との三種類があった。彼らは腹背両面にその「性」の機関を持った円い存在であった。彼らは甚だ強かった。彼らはその力を恃んで「天」を征服することを企てた。諸神は、これを知って大いに驚き、彼らの驕慢を罰するがために、人間を真中から梨子割りにして、その力を分かち、さらに永久にその罪を記憶せしめむがために、その顔を半回転して、その切り割かれたる部分(現今のいわゆる腹)が常にその眼の前に見えるようにした。  
この如くにして、二分せられたる人はその半身を求めて哀泣し彷徨した。たまたま相邂逅すれば緊く相抱擁して、いつまでも離れることを欲しなかった。そのために彼らは遂に、飢餓と運動不足とのために相ついで死亡した。  
ツオイスはこれを見て憐みを垂れ、従来背部に残っていた性の機関を前に移して、抱擁は繁殖を来たし、少なくとも一つになることによりて、相互の慰藉を得るようにしてやった。人間の恋愛は分かたれたる半身を求むるの憧憬である。  
男が女を求め、女が男を慕うは即ち前世に「男女」であったものである。女が女を、男が男を求めるのは即ち前世に「女」または「男」であった者の半身である。彼を自然とし此を不自然とするは論者の誤謬である。いずれにしてもその半身を求める憧憬に二致がないから――*  
阿部次郎著「三太郎の日記」の「影の人」という章の中から引用した。  
原本で、旧かなづかいや旧漢字の部分は、現代表記にさせていただいた。  
「アガトンの家の饗宴」とは、紀元前416年頃、アテネの教養人たちが開いた宴で、愛の神エロスについて各人がいろいろと説を述べた。プラトンがそれらを戯曲にまとめた。アガトンはその時代の若き詩人で、アリストファネスは、喜劇作家・風刺詩人。その他にはソクラテスやプラトンも出席しているが、アリストファネスのこの話が想像力豊かで寓意に富み、人々に人間とか愛について示唆したように思われる。  
 
「三太郎の日記」は、旧制高校生の愛読書として知られ、デカルト、カント、ショーペンハウエルなどの哲学書に入る前の入門書的位置づけの読み物だったのだろうか。  
難解である。難しい漢字がいっぱい並び、自然とか人間とか歴史などについて難しく述べられている。学生時代にちょっと目を通したが、難解な読み物だと思った。でも、わたしの何回かの引っ越しに耐えて書架に残ったので、いまも目にすることができる。  
分からないなりに読んでいた中で、「別れの時」、「年少の諸友の前に」、「沈潜のこころ」、「人と天才と」、「聖フランシスとステンダール」などの章が「いいな」と思った。  
 
サラリーマン時代の後半、仕事で富士山の裾野にある事業所に出かけることが多かった。或る日、知り合いでもあったそこの副所長さんに異動が決まり、所員の皆さんを前に最後の挨拶をされていた。その話の中に「三太郎の日記」の「別れの時」のことが引用されていた。たまたまその場にいたので聞いたのだが、妙に懐かしい感じがしたことを覚えている。もう10数年前の話である。  
 
(2018-1-2記) 
[2017.12.23]
この秋、会津の方を旅した。  
会津若松市は、車で通過しただけだったが、その南の方の大内宿(おおうちじゅく:下郷町の大内宿観光協会の表記に従う。別に“おおちじゅく”と読ます資料もあり)を訪れた。  
かやぶき屋根の民家が多く残るところで、江戸時代の宿場町とはこのような風景だったのかと思い描かせる。現代では、おみやげを売る店やそばを食べさせる店が並ぶ観光地になっている。少し傾斜地の両側にこれらの店が数十軒並び、道路端の両側にはきれいな水路がある。昔はこの水路で野菜を洗ったりしていたのだろうか。  

[2017.12.02]
「銀の滴(しずく)降る降るまわりに 金の滴降る降るまわりに」で始まる知里幸恵(ちりゆきえ)編訳の「アイヌ神謡集(しんようしゅう)」は、あまりにも有名である。  
岩波文庫創刊90年の記念アンケートで、「わたしの好きな岩波文庫90」にも選ばれた。  
岩波文庫のこの本の紹介を借りると、  
*詩才を惜しまれながらわずか19歳で世を去った知里幸恵。このアイヌの一少女が、アイヌ民族のあいだで口伝えに謡い継がれたユーカラの中から神謡13篇を選び、ローマ字で音を起こし、それに平易で洗練された日本語訳を付して編んだのが本書である。*  

[2017.10.24]
下北半島は、“まさかり”とか“斧(おの)”の形に例えられる。  
今回、その刃の部分にあたる陸奥湾の北側のところを巡ってきた。  
函館から下北半島の突端の大間、本州最北端の地はまことに近い。函館港からフェリーで出発して、大間港に着くまでの1時間半は、後ろにずうっと函館山が見えている。函館山と大間の距離は、海上30km弱である。下北と北海道の陸地の最短距離は18km。大間の人は函館局のテレビ放送を視聴し、フェリーで函館の病院に行くとも聞く。函館からは日帰りで大間のまぐろまつりにまぐろ丼を食べに行く。  

[2017.10.06]
駒ケ岳(正式名称:北海道駒ケ岳)は噴火湾の向こうに富士山型の形を見せている。  
海上50kmの向こうであるが、そんな距離よりははるかに近くに感じる。場所によっては海が街並みに隠れていると、伊達市街の向こうに在る陸続きの山であるようだ。  

[2017.09.17]
三笠市のジオパークを訪れた。北海道のジオパークの仲間が一堂に会して、その土地のジオパークを知り、互いに親睦を深めるという目的で毎年違う場所で開催している。  
国道12号線沿いに三笠道の駅があるが、三笠市の中心は、そこから10kmくらい東側に入ったところにある。  

[2017.08.17]
5年ぶりに木下サーカスが札幌にやってきた。  
わたしたちの自治会では8月初旬に、バスを仕立てての一日サーカス見物の旅行が計画された。  

[2017.06.20]
釧路の町を訪れた。  
道南の伊達に住んでみると道東は遠い。感覚としたら、本州から女満別空港に降りて、レンタカーで網走など道東を巡る方が楽に感じる。  
伊達から釧路までは、陸路373km。ほぼ東を目指して北海道を横断する。370kmという距離は、東京を起点とすると西は名古屋(348km)のちょっと先、北は仙台(370km)までと同じになる。  
 
1950年代の釧路風景 
[2017.06.05]
今年は3月に三陸ジオパークを訪れる旅を体験し、また他にも東北地方を訪れる予定があり、陸奥(むつ又は、みちのく)に関する本を読んだりしている。  
学生時代に北海道から東京に帰省するとき、青森から東北線の列車に乗った。4人掛けのボックス席に座った時、いっしょになったおじさんからウイスキーを勧められ、飲みながら話したことがあった。正直なところ、話していることの半分以上が分からなかった。言葉が分からなかったのである。今思えば津軽弁だったのかもしれない。  

[2017.04.07]
先日「ボランティアフォーラム2017伊達」という催しが伊達カルチャーセンターであり、事例発表や講演を聴く機会があった。  
“ボランティア”という言葉は、どんな意味を持っいるのだろう?  
インターネットの百科事典“Wikipedia”によると、「ボランティア(volunteer)とは、自らの意志により  
参加した志願兵のこと。長じて、自主的に社会活動などに参加し、奉仕活動をする人のこと。また、奉仕活動そのものを指すこともある  

プロフィール
mimi_hokkaido
mimi_hokkaido
2007年に横浜から夫婦で移住。趣味は自然観察/山登り、そしてスケッチやエッセーを書く・・・ 
好きなもの 
・散策 
・山行 
・サッカー 
・お酒 
・「坂の上の雲」 
洞爺湖有珠火山マイスターに認定されました。 
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