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[2016.05.19]
伊達の近郊では、どこにでも丘に登ればいい景色に出会える。  
手前に丘の緑の原や木々が様々に縁取りを作っている。町が扇状地に広がっている。  
その向こうに青い海があり、海の向こうには青い山並が広がり、5月初旬の頃まではその青い山並の上に白い残雪が残る風景が広がる。  



そのような代表的な風景は、伊達市の郊外、北こがね地区にもある。国道37号線から少し山側に登っていくと、高台から丘陵や海が望める風景に出会える。場所によっては、有珠山、昭和新山、羊蹄山が望めるし、伊達の東側に位置する紋別岳や稀府岳などの山すそがゆったりと長く海まで伸びている姿も見ることができる。  
雪が消え、牧草地や秋まき小麦の緑がだんだんと色を増してきて、木々が芽吹いて葉が淡いさまざまの色合いを出してくる。そんな頃に背景に青い海と青い山並が見えると美しいと思う。  
毎年この時期になると、丘からの海や山々の風景が美しいと思う。伊達近郊の最も美しい風景の一つである。  
年々歳々9年ここに住んでいると、春先のこの時期、フクジュソウ、キバナノアマナ、カタクリ、キクザキイチゲ、エゾノエンゴサク、エンレイソウが出てきて今年の春がスタートする。我が家の庭では、水仙、ムスカリ、タツタソウ、レンギョウが咲き出して、彩が豊かになってきた。寒さに閉じ込められていた分、これからの季節は楽しまなきゃ。  
(2016-4-22記) 
[2016.04.22]
司馬遼太郎著「街道をゆく40――台湾紀行」を読んでいたら、清々しい日本人に出会った。 
台湾の不毛の大地を美田にしようと実行した人の話である。八田與一(はった よいち)という土木工学者である。 

[2016.03.29]
美瑛の丘に一本目立つポプラの木があった。丘の上に独立して、樹齢を重ねてきた木である。  
ここに来ると思わず丘と空を背景に写真に収めたくなる。  
この木が所有者の方の手で切り倒された。  

[2016.02.16]
かつて有珠の外輪山の中には森が広がっていて、銀沼という沼があり、牧草地があり、牛が放牧されていた。  

[2016.01.29]
冬の有珠の森は静かだ。  
木の葉が落ちた木々が立ち並び、遠くの方まで見通せる。  
中腹より下の方で、小鳥たちが飛ぶ姿を見かける。  

[2016.01.18]
有珠山の北側に四十三山(よそみやま)と呼ばれる地域がある。こんもりとした丘状の山でこの山頂からは洞爺湖や羊蹄山が望めるのだが、いまは木々が繁ってその間から望むことになる。 

[2015.12.15]
松尾芭蕉が「奥の細道」の旅で象潟(きさかた)を訪れたのは、元禄二年(1689)だった。芭蕉が来たこのときの象潟は、「東の松島 西の象潟」といわれる景勝の地であった。  
芭蕉はここで、  
象潟や雨に西施(せいし)が合歓(ねぶ)の花  
と詠んだ。  

[2015.10.27]
今年亡くなられた哲学者 鶴見俊輔氏に「思い出袋」(岩波新書)という著書がある。中に大山巌(おおやま いわお)について述べた一節があり、目に留まったので紹介させていただく。 

[2015.09.26]
「アポイ」という音の響きは優しい。また詩情を感じる。  
かつてTVの東芝日曜劇場で「アポイの休日」という番組があった。宇野重吉が養蜂家になって、アポイの山麓で蜂と共に蜜を集めるところが詩情豊かに描かれていた。アポイの自然に溶け込むような画面が作られていた。そんな背景も手伝ってか、アポイの音に、優しさや詩情を感じているのかもしれない。もう半世紀も前のことである。  

[2015.09.15]
ここ2年くらい昭和史のことを知りたくて、半藤一利さんの「幕末史」、「日露戦争史」、「昭和史」、保坂正康さんの「太平洋戦争を考えるヒント」などを読んでいる。  
なかなか自分の思いを整理するところまで行かないのだが、多くの歴史的事実や歴史の変曲点での道選びに示唆されることが多い。  
以下、読んだところで「そうだなあ!」と感じたところを引用させていただく。  

プロフィール
mimi_hokkaido
mimi_hokkaido
2007年に横浜から夫婦で移住。趣味は自然観察/山登り、そしてスケッチやエッセーを書く・・・ 
好きなもの 
・散策 
・山行 
・サッカー 
・お酒 
・「坂の上の雲」 
洞爺湖有珠火山マイスターに認定されました。 
下記リンクものぞいてください  
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