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[2019.08.16]
伊達のカルチャーセンターで倉本聰さんの講演会があった。伊達ロータリークラブの創立60周年の記念事業であった。  



有珠山の1977年噴火の2,3年前にHBCのドラマのロケで外輪山の銀沼を訪れたことがあったそうだ。  
今はなくなった有珠山火口原の緑の森や放牧地、そしてボート遊びもできた銀沼など自然豊かな場所を体験されたことになる。このときは有珠善光寺のそばの宿屋に泊まった記憶があるそうだ。  
そんな伊達近郊での思い出話から入っていかれた。  
日本の自然が失われていくこと、ちょっと前までの日本人が当たり前に持っていた感性や五感を使う能力が失われていくことなどへの警鐘を鳴らされていた。  
 
いまや富良野の土地は外国人に買収されつつある。その多さはニセコに次ぐ。農家の人の高齢化などで後継者がいなくなり耕作放置地が増えて来ていることが背景にある。  
外国人が買収した日本の森林は、5970ha、東京ドーム1231個分で、そのうち北海道では2495ha、東京ドーム530個分となる。(数字は聞き間違いがあるかもしれない)  
ほとんどが中国資本による買収である。  
先年、富良野の倉本さんが住む地区では、水が出なくなってきた。調べてみると少し離れた前富良野岳の下の丘の森林伐採によって、森の保水能力が失われたためだったようである。  
水源林を抑えられてしまうということは、安全な水を失うに等しい。  
自分の領土、ふるさとを売っているということでは、昔は“売国奴”といわれた。  
思い返すと、数十年前に、日本がエコノミックアニマルといわれた時代には、競ってニューヨークの土地を買い漁っていた。それと同じことを中国人が日本で行っている。  
世界的には人口は増加の一途をたどっているが、日本は人口減少に移っている。西暦  
2100年には7500万人に、千年後の3000年には、2000人という試算がある。その時日本人は絶滅危惧種になってしまっている。  
日本の家庭が大きく変わってきている。  
昔話は「むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。」と炉端で  
年寄りが孫に語って聞かせた。親は出稼ぎでいなかったので、子どもを育てるのはじじばばの役割だった。いまは核家族化で年寄りは一緒に住んでいない。その代わりに国が「子ども手当」というのを出して済ませている。  
都会では、高層マンションの30階に住んで、エレベーターとアスファルトに囲まれて、土と接する機会がなくなった。故郷の原風景というと、山や森の木々があり、こやしや花の香りがあり、吹く風が心地よく、小鳥やセミやカエルの鳴き声が聞こえ、昆虫に触ったり、草木に触ったり、オンコの実やヤマグワの熟れた実を口にしたことなど、とにかく五感を通しての思い出がある。今の子どもたちは五感に触れて生活することが失われた。主として視覚だけのつまらない世界で生活している。  
このことについては、倉本さんと同年代の養老孟司さんも同様のことを云っている。(3月に東京で行われたオーライニッポン大賞授賞式での講演)  
*日本は、いつごろからでしょうか、高度成長期1970年代あたり、あるいはもう少し前からでしょうか、TVの普及や家電製品、車の普及が急速に進み、それまでの日本歴史の中で激変といっていいほど生活慣習が変わった。特に子供の外遊びがだんだんと減ってきている。  
特には、五感を働かせる生活が衰えてきた。そのことは子供において顕著で、これは憂うべき事態である。人間の脳には本来、見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触れるなど五感を通してインプットが入り、脳の中で処理してアウトプットされる。このたゆまない循環が学習であり、バランスよい知識の吸収である。この身体を動かしながら、感覚を研ぎ澄ませたインプットが少なることは、脳の健全な発達に問題ある。特に都会においては、入る一方の学習となっている。  
その意味で、土に触れ、木々や花のにおいを感じ、虫や魚に触れ、そこからのインプットを増やすような農村・漁村との交わりは大切になる。都会の人には田舎に行ってほしい。地方の人には井の中の蛙にならないように都会とも交わって欲しい。*  
 
義務教育というのは、小学校、中学校までであるが、いつ頃からか、高校も大学も親が面倒みて進学するようになった。倉本さんが今になって思うことは、手に職を付けたかったということだ。紙漉きとかうるし塗りとか、いわゆる職人として技術を身に付けたかった。富良野の自然のなかで生活していると、そのようなもろもろの技術の大切さ、ありがたさを感じられたのだろうか。少し飛躍して考えると、かつての日本では、進学だけでなくいろいろな道があり、職人として技術を磨く人も多かったし、日本の伝統を支えてきたのではないか。  
 
倉本さんの娘さん家族が富士山に登った、という話になった。  
娘さん「3776mの富士山頂に立ったよ」  
倉本さん「そうはいっても、5合目から登ったのだろう。3776m登ったことにはならない」  
次に、娘さんたちは富士吉田の浅間神社から5合目まで歩いた。  
倉本さん「浅間神社もまだ海抜何メートルかの地点である」  
次に娘さんたちは、田子の浦から浅間神社までを歩いた。そこで海抜0mから富士山頂3776mまでがつながった。  
世界の最高峰エベレストについても同じようなことがある。  
エベレスト登頂というが、ほとんどの登山家は、ゼロから8848mの山頂まで登ったわけではない。カトマンズまでは飛行機で行くだろうし、その先の登山開始点までは車を利用して高度を上げているだろう。  
調べてみるとゼロから登った人がいる。  
オーストラリア出身のティム・マッカートニー・スネイプは、1990年にベンガル湾のサーガル島からエベレスト山頂までの1200kmを踏破。海抜0mから徒歩でエベレスト登頂を果たした世界最初の人物となる。  
日本人でも岩崎圭一さんという方が、やはり海抜0mからエベレスト登頂を果たしている。この方は世界中を自転車で回られている方と聞く。  
倉本さんが、この話を引き合いに出したのは、山も登る位置により見えてくるものが違ってくるだろうということだ。山の5合目の断面積より山頂の断面積は小さい。裾野の断面積は、とてつもなく大きい。裾野からはいろいろな登り方があるし、見える世界も多彩である。  
やり方を変えると新しいことを発見できるかもしれない。  
余談になるが、英国人女性のポーリーン・サンダーソンは、2006年に海抜マイナス420mの死海からスタートして、エベレスト登頂を達成した。標高差は合計9269mで、これはおそらく世界で最も高い標高差を歩いた記録だろう。世界にはいろいろな発想をする人がいるものだ。  
 
戦争というのは、恐ろしいものだ。戦場においては、自分が殺されるかもしれないという恐怖があるとともに、人を殺すという怖ろしさも合わせ持つ。  
戦争中、まだ小学生のころ、銃剣(とおっしゃっていた記憶があるが?)でわら人形をつく教練があった。また配属将校が来て、  
「特攻志願の者は、一歩前へ(出ろ)!」と叫ぶ。  
みんなお互いの顔色を見ながらも、最後は一歩前に出た。その中で一歩前に出なかった生徒が一人いた。終わった後、みんながその生徒を  
「卑きょう者!」と云った。  
家に帰って父親にその話をしたら、  
「どっちが卑きょう者かな!?」  
という言葉が返ってきた。  
昭和10年生まれの倉本さんは終戦の年に10歳であった。  
終戦後、予科練崩れの青年たちがつなぎの飛行服で新宿をかっ歩していた。明日は特攻で命がないかもしれないという生活をしてきた青年たちだ。小学校に通うときだった。この予科練崩れの3人が三国人のヤクザ20人くらいに追われてきた。二人は逃げたが、一人がこのヤクザたちに立ち向かった。多勢に無勢で、さんざんにたたかれ、殴られて多量の血を地面に流して殺された。倉本さんのそば10mくらいのところで起きた出来事で、その間まったく固まってしまい動けなかった。終わった後、先生が抱いて学校まで走って連れて行ってくれるまで動けなかった。倉本さんにとって戦争とは、そういうことだ、そうだ。  
戦争というものが、知らない間にわたしたちの周りに忍び寄ってる、という話を思い出した。  
 
半藤一利さんの「昭和史1926→1945」から引用させていただくと、  
*どうも昭和の日本人は、とくに、十年代の日本人は、世界そして日本の動きがシカと見えていなかったのじゃいか。そう思わざるをえない。つまり時代の渦中にいる人間というものは、まったく時代の実像を理解できないのではないか、という嘆きでもあるのです。  
とくに一市民としては疾風怒濤の時代にあっては、現実に適応して一所懸命に生きていくだけで、国家が戦争へ戦争へと坂道を転げ落ちているなんて、ほとんどの人は思ってもいなかった。  
これは何もあの時代にかぎらないかもしれません。今だってそうじゃないか。なるほど、新聞やテレビや雑誌など、豊富すぎる情報で、われわれは日本の現在をきちんと把握している、国家が今や猛烈な力とスピードによって変わろうとしていることを、リアルタイムで実感している、とそう思っている。でも、それはそう思い込んでいるだけで、実は何もわかっていない、何も見えていないのではないですか。時代の裏側には、何かもっと恐ろしげな大きなものが動いている、が、今は「見れども見えず」で、あと数十年もしたら、それがはっきりする。歴史とはそういう不気味さを秘めていると、私には考えられてならないのです。ですから、歴史を学んで歴史を見る眼を磨け、というわけなんですな。*  
 
講演では、富良野塾で実践されていることや、戦後憲法、原子力発電所とそこから出る燃料ごみの始末の問題、最近森の木々を描くことになったこと、地球の歴史など広範に及んだがここでは割愛する。  
語られた思いを推察すると、不断の努力と覚悟がないと平和も、当たり前の生活も維持できない。ときに立ち止まって、国の目指す方向や自分の生活を見つめなおしてみよう、と云われているようにも感じる。独断的に思うに、生活の基盤に日本人が培ってきた品性や礼儀正しさ、勤勉さなどを置いて欲しいという思いを語られたのだろうか。  
 
◆参考資料など  
・講演日 2019年8月10日  
・インターネット情報 エベレスト:驚きの記録15選  
・半藤一利「昭和史1926→1945」  
(2019-8-13記) 
[2019.08.05]
奥尻島の海の色は青く美しかった。 
透明度が高い。岸に近いところの海を見ているとエメラルドグリーンが入った青色の海面の下に、白っぽい岩がくっきりと見える。沖に行くに従い色は変化して青が濃くなっていく。 
奥尻の山は緑濃かった。標高360mの球島山(たましまやま)は360度のパノラマ風景が広がる。ハマナスの赤い花が緑の山の上で迎えてくれた。 

[2019.07.24]
伊達の館山の丘では、ビート、小麦、ジャガイモ、葉物野菜などの栽培が盛んである。 
5月のころ光陵中学校のそばの道を丘に登っていくときに、右手には黄色の菜の花畑が広がっていた。それが少し間をおいて6月に行ってみると、黄色の畑が消えて青紫の花が咲く畑に一変していたのである。 
菜の花畑 
[2019.03.26]
今回「とかち鹿追ジオパーク」のうち、然別湖を中心とするエリアを訪れた。北海道の5つのジオパークとこれからジオパークを目指す地区1つ(白滝、三笠、アポイ岳、とかち鹿追、十勝岳、洞爺湖有珠山)のメンバー交流と学習のための集まりであった。総勢70名くらいの多くの方々が集まり、然別周辺の自然の中を歩きながらガイドしていただき、交流を深めた。 

[2019.01.16]
ジオパーク友の会のメンバーと伊豆大島を訪れた。わたしは伊豆大島は初めてで、見るもの、聞くことすべてが新鮮であった。現地では、伊豆大島ジオパークの活動を推進されている方々に大変お世話になった。伊豆大島の見どころを一緒に巡ってガイドをしていただき、一夕は交流会を催していただいた。地元の食材の手料理―伊勢海老のお刺身、あしたばの天ぷら、くさやの干物、里芋、ゆでピーナッツ、地元焼酎のあしたば茶割りなどをごちそうになりながら歓談のひと時を過ごした。  

[2018.11.27]
学生時代のクラブの同期会が山陰地方であり出かけた。わたしは鳥取や島根に行くのは初めての体験であった。山陰の古くからの温泉である三朝(みささ)温泉(鳥取)と玉造温泉(島根)にゆっくり浸かりながらの旅であった。  

[2018.11.08]
北海道の中央部には、大雪山系と日高山系がつらなり、その麓を含めて独特の山岳風景を作ってくれている。その山裾を走る列車たちを眺めてみよう。  

[2018.11.01]
日高本線は、苫小牧と日高の様似を結ぶ路線である。  
2015年1月の高波による路盤流出によって鵡川―様似間が運休を余儀なくされた。その後も2015年9月の台風、2016年の台風によって被害がさらに増大した。JR北海道は復旧には沿線自治体の財政支援が不可欠としているが、財政難に悩む沿線自治体にはその余裕はない。  

[2018.10.27]
数年前には、JR北海道では事故が多発して、その安全に対する意識の欠如、隠ぺい体質などが厳しく問われた。最近は、赤字路線の問題で現在の北海道の路線のおよそ半分が廃止検討対象になっている。昔に比べて、地方の過疎化による利用者の減少、自動車の普及、高速道路の延長などで列車から車への転換が進んでいる。  
過去には日本のエネルギー供給基地として石炭の発掘と運搬、北洋漁業による魚類の運搬、豊富な野菜や木材の運搬などで北海道の隅々まで鉄道網は敷かれていた。  

[2018.09.15]
夏休みTV番組の中で「百人一首」のことが分かり易く紹介されていた。面白かったので、以下に簡単に書き留めてみた。わたしは「百人一首」かるたはしたことがないが、子供の頃にカードを使ったゲーム*「坊主めくり」を楽しんだ記憶はある。 

プロフィール
mimi_hokkaido
mimi_hokkaido
2007年に横浜から夫婦で移住。趣味は自然観察/山登り、そしてスケッチやエッセーを書く・・・ 
好きなもの 
・散策 
・山行 
・サッカー 
・お酒 
・「坂の上の雲」 
洞爺湖有珠火山マイスターに認定されました。 
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