伊達市地域生活情報マガジン『むしゃなび』へ ブログ★むしゃなび トップへ [今日:84] [昨日:134] [ 302720 ] rss feed
[2018.09.15]
夏休みTV番組の中で「百人一首」のことが分かり易く紹介されていた。面白かったので、以下に簡単に書き留めてみた。わたしは「百人一首」かるたはしたことがないが、子供の頃にカードを使ったゲーム*「坊主めくり」を楽しんだ記憶はある。 



「百人一首」は成立が13世紀ごろで、藤原定家が編者である。それまでの500年間における100人の歌人の秀歌を集めたベストアルバムといえる。定家が京都嵯峨野の小倉山荘で編纂したので、小倉百人一首と呼ばれている。 
男女比は、男性歌人79人、女性歌人21人。 
歌の割合 恋:43首、四季:32首、旅:4首、離別:1首、雑:20首 
詠み人の中には、古いところでは飛鳥時代のヒーロー 天智天皇、絶世の美女 小野小町新しいところでは鎌倉時代の順徳院などが含まれる。 
ちょっと変わった名前の蝉丸(せみまる)の歌から、 
これやこの 行くも帰るも別れつつ 
知るも知らぬも 逢坂(あふさか)の関 
逢坂(読み:おうざか)の関は京都と滋賀の境で諸国を旅する人の交差点のような場所。盲目の琵琶奏者ともいわれる蝉丸は平安時代前期の人で、この地に庵を結び、隠遁の生活をしていた。日々この町に出て、見えない目で通りの方を眺め、行き交う人々の話し声、にぎわいを感じていた。 
そうだ、ここだ。出発する人も帰ろうとする人も、知っている人も、知らない人も、富める人も、貧しい人も、みんな行き交い、すれ違い、会っては別れを繰り返す、ここがその逢坂の関なのだ。 
テンポがよくリズム感のある歌である。行ったり来たり感が出ている。 
「も・も・も・も」が入ることでリズム感が出てきている。 
世の中を詠んでいる歌で、 
こんなにたくさんの人々がいるのだから、我々は全ての人を知って仲良くなれるわけではない。大勢の行き交う人、会っては別れ、その中の一部の人と我々は何かのご縁で知り合い、一緒に過ごす。このことを大切にしなければ。 
この「も・も・も・も」の繰り返しでリズム感を作るということは、後世の我々にも引き継がれたと思う歌がある。 
唱歌「おぼろ月夜」(作詞 高野辰之)の二番の歌詞 
里わの火影(ほかげ)も 森の色も 
 田中の小路を たどる人も 
 蛙(かわず)のなくねも 鐘の音も 
 さながら霞める おぼろ月夜 
詩は脚韻(リズムを作って響きの心地よさや美しさを作り出す)を踏み、各行4+4+3+3音で構成されている。特に「も」音の繰り返しが音楽的である。 
 
僧正遍照(そうじょうへんじょう)は、平安時代前期の僧・歌人。百人一首には次の歌が選ばれている。 
天(あま)つ風 雲の通ひ路 吹きとぢよ 
をとめの姿 しばしとどめむ 
宮中でおとめたちが舞いを舞っている。その姿が何とも美しい。 
空を吹き抜ける風よ、その雲で天女が帰るための道を封鎖しておくれ。もう少しだけ、この地上であでやかに舞うおとめたちの姿を見ていたいから。 
おとめたちを天女に例えている。いろいろな解釈ができるが、雲自体が階段状の道になっているともとらえられる。昔の人の豊かな空想力といっしょに遊ぶことができる。昔の人は自分の語彙力を駆使して、感動を加工している。 
 
藤原清輔朝臣(ふじわらのきよすけあそん)は、平安末期の公家で歌人。 
 長らへば またこのごろや しのばれむ 
 憂しと見し世ぞ 今は恋しき 
諦めずに生きていれば、今の悩んでいることも苦しいことも、全部懐かしく思い出される日もきっと来るはずだ。あんなに苦しかった昔だって、今は懐かしく思えるのだから、きっと大丈夫だよ。いとおしくなるときは、必ず来るからね。 
未来から今の自分を見ている歌とも解釈できる。過去から未来に立ち位置を自在に変えられる、ともとれる。 
 
源実朝(みなもとのさねとも) 
源頼朝の子で、鎌倉幕府三代将軍。12歳で政権につくが、実権は北条氏が握っていて、また内紛の絶えない時代であった。正二位で武士として初めて右大臣まで昇任した。28歳の時に甥の公暁(くぎょう)に鶴岡八幡宮で暗殺された。 
正岡子規は、明治時代に短歌俳句の改革に臨んだが、過去の歌人の中で源実朝の歌を高く評価している。 
 世の中は 常にもがもな 渚漕ぐ 
 あまの小舟の 綱手(つなで)かなしも 
浜辺でじっと海を見ている。 
ありえないことだけど、世の中がずっと平安であればいいのになあ。いつまでもいつまでも。絶えず変化する波、そこに浮かぶ舟、その舟をつなぐ綱、その綱を引く漁師の手・手・手・・・・。どうってことのないこの渚の景色が、きょうは特別なものに見えるんだ。 
背景としては、実朝の人生―若くして政権の座に就いたが、争いの激しいときで、身内も信用できないような状態であった。実権は自分になく、自分の思うような為政はできなかったーーを考えることが必要である。 
“かなしも”は、何を考えていたのだろう。 
この時代の“かなし”は、切なく悲しい、いとしい、こころが動かさられる様などを意味していた。“綱手がかなし”実権を握っていない自分に比べ、漁師さんは、しっかり綱を握っている。その実態がある確かさ、綱というガイドラインのあるうらやましさに比べ、自分はあっちこっちと定まらないかなしさ。実朝はどんな気持ちだったのかなあ、といろいろ情況を考え、こちらが想像する余白がある。 
和歌は、作者と受け取り手の共同作業で世界が立ち上がっていく。和歌は“冷凍食品”とも考えられる。熱(情熱)を加えないと食べられない。この情熱は、少し難しい古語にも好奇心を持って、ていねいに読んだり、何か資料を調べたりする意欲なのかもしれない。 
 
*「坊主めくり」 かるたのうち絵の描かれた札を使う。重ねた札を順番にめくってゆき、最終的に持ち札が多い人が勝ち。坊主が出たら札を没収されたり、姫が出たら場の札をもらえたり、様々なルールがある。子供から大人までがいっしょにゲームできる。最後までどんでん返しがあり、スリリング。 
 
◆参考資料 
NHK教育TV「100分de名著」の中で「百人一首」を紹介。ゲスト 木ノ下裕一氏の解釈を載せさせていただいた。 
挿絵 安野光雅画集から「東大寺 二月堂」を習作 
(2018-9-14記) 
[2018.07.26]
早池峰山(はやちねさん)は、岩手県の北上山地の最高峰で、古来から山岳信仰の山として知られる。また、かんらん岩や蛇紋岩質の山には、ハヤチネウスユキソウをはじめとする、この山だけの固有種の花が多いことでも知られている。  
奥深い山である。宮古港から中型のバスやシャトルバスを2回乗り継ぎ、約2時間半かけて小田越という登山口に着いた。  

[2018.06.26]
札幌の北海道立近代美術館で「ブリヂストン美術館」展が開かれていた。先日、伊達市民カレッジのイベントでここを訪れた。道立近代美術館とそばにある三岸好太郎美術館の2つの美術館に多くの作品が展示されていた。この付近は緑が豊かだった。  

[2018.05.22]
北朝鮮と中国の国境にまたがって白頭山(韓国名:ペクトゥサン)という火山がある。中国側では、長白山(中国名:チャンパイシャン)と云われる。中国側のこの山の麓で長白人参(高麗にんじん)が栽培されている。北朝鮮のTV放送で、韓国の伝統衣装チマチョゴリを着た女性アナウンサーがしゃべる画面の後ろに山の上の湖の絵がある。あの山こそ白頭山で、湖は山頂のカルデラ湖 天池である(と思われる)。  

[2018.02.03]
 
[2017.12.23]
この秋、会津の方を旅した。  
会津若松市は、車で通過しただけだったが、その南の方の大内宿(おおうちじゅく:下郷町の大内宿観光協会の表記に従う。別に“おおちじゅく”と読ます資料もあり)を訪れた。  
かやぶき屋根の民家が多く残るところで、江戸時代の宿場町とはこのような風景だったのかと思い描かせる。現代では、おみやげを売る店やそばを食べさせる店が並ぶ観光地になっている。少し傾斜地の両側にこれらの店が数十軒並び、道路端の両側にはきれいな水路がある。昔はこの水路で野菜を洗ったりしていたのだろうか。  

[2017.12.02]
「銀の滴(しずく)降る降るまわりに 金の滴降る降るまわりに」で始まる知里幸恵(ちりゆきえ)編訳の「アイヌ神謡集(しんようしゅう)」は、あまりにも有名である。  
岩波文庫創刊90年の記念アンケートで、「わたしの好きな岩波文庫90」にも選ばれた。  
岩波文庫のこの本の紹介を借りると、  
*詩才を惜しまれながらわずか19歳で世を去った知里幸恵。このアイヌの一少女が、アイヌ民族のあいだで口伝えに謡い継がれたユーカラの中から神謡13篇を選び、ローマ字で音を起こし、それに平易で洗練された日本語訳を付して編んだのが本書である。*  

[2017.10.24]
下北半島は、“まさかり”とか“斧(おの)”の形に例えられる。  
今回、その刃の部分にあたる陸奥湾の北側のところを巡ってきた。  
函館から下北半島の突端の大間、本州最北端の地はまことに近い。函館港からフェリーで出発して、大間港に着くまでの1時間半は、後ろにずうっと函館山が見えている。函館山と大間の距離は、海上30km弱である。下北と北海道の陸地の最短距離は18km。大間の人は函館局のテレビ放送を視聴し、フェリーで函館の病院に行くとも聞く。函館からは日帰りで大間のまぐろまつりにまぐろ丼を食べに行く。  

[2017.10.06]
駒ケ岳(正式名称:北海道駒ケ岳)は噴火湾の向こうに富士山型の形を見せている。  
海上50kmの向こうであるが、そんな距離よりははるかに近くに感じる。場所によっては海が街並みに隠れていると、伊達市街の向こうに在る陸続きの山であるようだ。  

[2017.09.17]
三笠市のジオパークを訪れた。北海道のジオパークの仲間が一堂に会して、その土地のジオパークを知り、互いに親睦を深めるという目的で毎年違う場所で開催している。  
国道12号線沿いに三笠道の駅があるが、三笠市の中心は、そこから10kmくらい東側に入ったところにある。  

プロフィール
mimi_hokkaido
mimi_hokkaido
2007年に横浜から夫婦で移住。趣味は自然観察/山登り、そしてスケッチやエッセーを書く・・・ 
好きなもの 
・散策 
・山行 
・サッカー 
・お酒 
・「坂の上の雲」 
洞爺湖有珠火山マイスターに認定されました。 
下記リンクものぞいてください  
ブログ検索