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[2009.08.29]
■果たしてそれが真実か?
たまには真面目なことも 
書いてみた方がいいんじゃないか、 
なんて思いまして、 
『リーダーのぼやき』という 
カテゴリーを作っちゃいました。 
 
第一弾は、 
ひとつのドキュメンタリー映画を通して思う、 
『リーダーのぼやき』。 
 
主観たっぷりです。 
だって『リーダー的主観。』だもの。 


*********************** 
 
“THE COVE” 
 
というドキュメンタリー映画をご存じだろうか。 
 
この映画のことを知ったのは去る25日、 
テレビのニュースを見ていたときだった。 
 
『THE COVE(ザ・コーブ/ 入り江)』(米国制作) 
と題するこの映画、 
日本は和歌山県の小さな漁師町・太地町付近で 
隠し撮りされたイルカ漁の記録映画。 
 
この映画が公開されたことをきっかけに、 
太地町と姉妹都市提携を結んでいた 
オーストラリアのブルーム市に抗議メールが殺到し、 
ブルーム市はやむなく提携解消に踏み切った、 
というのがこの日のニュース。 
 
以来、新聞やインターネットのニュースでたびたび記事が見受けられる。 
8月25日付 読売新聞記事へ  
このニュースを見た瞬間に頭をよぎったのが、 
「太地町の人々の暮らしはどうなるの?」 
ということ。 
 
そもそもこの映画、反捕鯨目線で作られたもの。 
どのドキュメンタリー映画にも、 
または報道番組にも言えることだが、 
まずは作り手の「こう仕上げたい」「こう伝えたい」という主観があって、 
事実が切り抜かれ、縫い合わされ、 
作り手の思う筋書きに「編集」される。 
 
予告映像と公式サイト、 
及び海外メディアの記事(ex.8月7日付 ワシントンポスト紙)から推測するに 
(実際映画を見られないので内容の全体図は推測するしかない)、 
 
イルカは友達。 
かわいくて頭もいいのに、 
殺すなんて残酷! 
かわいそうなイルカたちを、 
残虐で極悪非道な人間達から守ろう!! 
 
とういうタッチの映画と思われる。 
 
捕鯨問題については、テーマが深すぎるので 
ここであえて触れたいとは思わない。 
 
ただ、物事の片面、または表面だけをとらえて 
「コレが真実だ!世界中に知らしめよう!」 
という姿勢(私にはそう見える)に、 
どうも納得がいかない。 
 
太地町の人たちは、今までこれで生活をしてきた。 
イルカは人々の暮らしや地域産業の支えだった。 
増えすぎたイルカが他の魚を食べてしまうので、 
間引きの意味もあると聞いた。 
鯨供養だってしている。 
 
この映画が公開され、 
日本のこの小さな漁師町を批判し、 
インターネットで「イルカ漁をやめさせよう」に 
署名する人々。 
 
ただ、署名する前に、 
「真実」だとか「正義」と謳われていることの 
向こう側を見る必要があるのではないだろうか。 
 
その署名が、 
今、非難のおかげで痛みを受けながら生きている 
「人間」の生活、ひいては人生に対して 
責任を負える覚悟でされているのか、 
考えて欲しいと、強く思う。 
 
 
ヒューマニズムを 
なぜか動物に当てはめようとする 
人間のエゴイズム。 
 
自然界から見れば 
こんな事もどうってことないんだろうな。 
*********************** 
 
さてさて、ここまで書きましたが、 
あくまでもこれは私の主観、一意見。 
これも一つの出来事・事実に対する 
ワンサイドでしかありません。 
 
ただ、物事をジャッジするとき、 
多方面から物事を見る、 
と言うことが非常に大事なんじゃないかと 
思うわけですよ。 
 
明日は選挙です。 
どうなりますか。非常に気になるところです。 
 
それでは、 
ごくたまにくそ真面目なリーダーでした。 
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▼コメント(4)
名前:リーダーです。  2009.08.31 16:58:54
TARE 様  
 
コメントありがとうございます。  
 
おそらくそれは、  
「国の文化」や「国民性」というよりも、  
「時代の風潮」と私は考えます。  
 
インターネットと携帯電話がここまで普及し、  
どんな世代でも、いとも簡単に  
膨大な量の情報を入手、交換できるこの時代。  
それだけの量の情報を詳しく分析して  
自分の視点で見極める人がどれ位いるでしょうか。  
 
限りある時間と、仕事以外の余力の中で、  
どうしても、止めどなく流れてくる情報を  
そのままの形で受け止めてしまいがちになります。  
 
情報を受け取る側も、  
次から次から押し寄せる情報をせき止めて  
篩いにかけるフィルター=知識があると、  
流されずに済むのかも知れませんね。  
 
 
 
名前:リーダーです。  2009.08.31 16:39:22
daisukey 様  
 
コメントありがとうございます。  
 
マジョリティーとマイノリティーが  
すさまじい勢いで入れ替わる昨今、  
daisukeyさんが言われた様に、  
自分の責任において物事の本質を見極める力、  
すなわち「賢さ」が、様々な場面で求められるのだと思います。  
 
レジスタンスまでいかなくとも、  
「ん?ちょっと待てよ?」  
と疑念を持つことは、  
社会人の一役割として大事なことだと感じております。  
 
何事も、アツくなりすぎると  
周りが見えなくなる。  
相手の立場で物事を考えられなくなる。  
とかく自分を押しつけがちになってしまう。  
(片思いがいい例かもしれません。)  
 
 
どちらにも偏らず、  
天秤の真ん中で、  
バランスがとれるよう左右を見られる様に  
余裕を持って物事を見られる大人になりたいです。  
 
 
 
 
 
 
 
名前:TARE  2009.08.31 11:52:33
わかります。  
物事を一部分、上っ面だけで  
判断したりする人が多すぎます。  
過去にまで目を向けたり  
周辺に視野を広げたら  
納得とか必然って、わかるのに。。。  
それも含めてこの国の文化、国民性なのかな↓↓  
名前:daisukey  2009.08.30 09:11:44
いかにも・・・。  
 
まあ「メディアの公正さ」というものは、結局受け手にかかってしまうということなんですよね。  
 
つまり、どれだけ受け手が賢くなれるか?  
 
賢さとはいろいろな角度からの光で物事を照らして、その本質を見る力です。  
 
 
賢くないと誘導されてしまう。  
洗脳されてしまう。  
 
 
 
国が戦争に至る道筋も同じです。  
 
そして受け手(国民)はメディアの責任にする。  
国の責任にする。  
自分にも責任があると認めたくないから。  
 
 
 
結局「自己責任」なんですね。  
 
これは、ひとりひとりがお互いに他人のことを他人の立場で考えてあげることにつながると思います。  
 
 
いつの時代でも、「おい、目を覚ませよ!」と警告する人たちがいるような気がしています。そういう人たちはいつも危険分子として社会から排斥されてきた人たちです。  
 
つまり反分子。  
 
世の中は右に左に動いて自然にバランスをとっているのかも。  
 
 
 
でもある意味、僕らはそういう感覚も持っていないとだめじゃないかな。  
 
 
なんか映画のMATRIXを思い出しますね。  
 
目覚めちゃった人は大変な思いをするわけだ・・・笑  
 
 
 

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プロフィール
街の小さな雑貨屋さん めむはうす
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皆様いつもお世話になっております。 
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姉妹店、「Holiday Market TOYA」の改装作業中、このあだ名が付きました。命名はホリマの店長・モモちゃんです。 
 
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誕生日:1977年8月23日生まれ。 
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