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[2011.02.23]
私のブログを読んだ伊達市のHさんとSさんから、マナーの悪いオヤジについての経験のメールが来た。 
そこでまた、「マナーの悪い」話となってしまった。 
 
親がだらしないから、子供にマナー教育が出来ないようだ。それを学校のせいにするモンスター・ペアレンツがいるから、先生もたまならい。 
 
もっとも、先生の方もマナーなんかとっくに忘れていて、頻繁に先生のワイセツ事件が報道される。 
昔の先生が尊敬されたのは嘘のようだ。 
 
またやろう(携帯マナー) 
[2011.02.21]
毎日のように引越しの為の整理をしている。 
40年以上も溜め込んだガラクタは、そう簡単には整理が付かないものである。 
 
それに珍しい物を発見すると、それを眺めては思い出に耽る。そして何年も前の自分を思い出す。 
 
こんなことをしながらの整理なので、整理というより自分の回顧録を見ているような感じになる。 
 
古新聞に包まれたお宝? 
[2011.02.18]
秩父巡礼の旅に同行しているY君とゴルフの話になった。 
私よりはかなり上手ではないY君は、先生に付いて一生懸命に練習をしている。 
 
そんな彼を冷やかしの意味も込めて、『私の女房にゴルフで勝ったら、我が家の料理のプロが作る夕食に招待しよう』と提案した。 
 
そして決戦の日は、3月1日に甲府の境川CCと決まった。 
 
毘沙門天とミニ閻魔大王 
[2011.02.17]
私はいつも、「日本人に生まれて良かった」と思っている。 
 
だが、47年前に初めてニューヨークに行った時には、そうは思わなかった。 
アメリカの圧倒的な物質文明に触れて、若かったこともあり、その時は「アメリカ人に生まれれば良かった」と思った。 
 
その後は、常に「日本人に生まれて良かった」と感じて生きて来た。 
最近の政治、経済、社会の混迷を考えても、なお「日本人で良かった」と思っている。 
 
氷の張った山中湖の平野地区 (2月1日)  
[2011.02.16]
引越しの為の片付けをしていると、昔の物が次々と出て来る。 
 
古くて懐かしい物は、49年前の国鉄の切符であった。 
友人のE君の店で働いていた女性の故郷である、佐渡島を訪ねる旅の切符だった。 
輪島まで765円という安さには驚きだ。 
 
次に出て来たのが、47年前のパスポートだった。 
私はこのパスポートを持ってニューヨークに渡ったのである。その時の外務大臣は大平正芳さんだったんだー。 
 
765円の切符(東京〜輪島) 
[2011.02.15]
秩父34札所巡りの最終回である。 
11月26日から始まった巡礼の旅は、34札所を巡るのに5日間を要した。 
 
最終回は2月4日で、33札所と34札所の2ヶ所のお参りである。今回はニュージーランドから戻ったH君も参加した。 
 
33番札所 (菊水寺の天井) 
[2011.02.14]
今年の日本列島は連日のように大雪情報を発している。 
それなのに東京は全く雨も降らず、雪なんて関係ないと思っていた。 
 
ところが2月11日の夜から降りだした雪が、翌日も降り続いた。12日の朝に起き出して雨戸を開けたら、庭が真っ白だった。 
 
雪の中を犬の散歩 
 
そこで朝食を済ませてから、小金井公園に写真を撮りに行った。この朝は久し振りに寒かった。 
自転車で行ったのだが、手袋をした指先が冷たい。 
[2011.02.10]
引退すると、人は社会との繋がりが薄くなる。 
人知れず亡くなるということも起きている世の中だ。 
私の場合は東京で薄くなった分を、伊達市で濃くしている。 
 
引越しが決ったので、住所が変わる。 
そうなると、色々なところに変更届けを出す必要がありそうだ。 
 
庭のエサ台に群がるスズメ 
[2011.02.09]
引越しが3月10日と決まったので、それまでに準備をしないといけない。私は自分の持ち物を点検してみて、ビックリした。値の張る物は殆ど持っていない。 
 
衣類は買った時は高かったが、今ではそれらはデザインも古くなっていて、とても着られない。 
背広は着ることも無いと思い、1着だけ残しあとは捨てた。 
 
アート引越センターから届いた段ボール箱 
 
黒服は葬儀が増えるだろうから残しておく。 
誂えたロングのカシミヤのコートも捨てる方に入れたら、女房に怒られた。でも、もう着ることもないと思うんだがなー。 
[2011.02.08]
昨年の9月に伊達市から戻って、そこから我が家の引越し作戦が始まった。 
だが、「自宅を売却して都心に住む」ということは、そう簡単ではないことがすぐに分かった。 
 
自宅が幾らで売れるのか?、希望物件は幾らで買えるのか?考えただけでも面倒になり、途中で止めようかと思ったこともある。 
 
だがこの時期を逸したら、もうこの先は年齢的にも引越しは無理だと思い最後の頑張りをしてみた。 
 
41階の部屋から築地市場を見る 
プロフィール
心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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