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[2020.03.29]
■さようなら「ラーちゃん」 
(2017年3月24日) 
 
3月22日の午後3時50分に、ラーちゃんが息を引き取った。 
その前日に女房と2人でお湯が好きなラーちゃんを洗面台に運び、シンクにお湯を張って体を洗ってあげた。 
 
もうその時は嬉しいのかどうかも分からず、眠っているばかりだった。 
 
洗面台でラーちゃんを洗う。やせ細って、もう骨と皮だけだった。 


その夜は娘が寝ずの看病をして、翌日は女房が付きっ切りで看病した。 
もう食べることも飲むことも出来ないラーちゃんの為に、スポイトで水や栄養分を口に入れてやった。 
 
その後にまた水をやった時は、それも飲めずに口から流れ出てしまった。そして最後に大きな息を3回して、あの世に旅立って行った。 
17歳だった。 
 
元気な頃のラーちゃん。 
 
 
ラーちゃんが6歳で我が家にやって来て、今年で10年くらい経つ。 
ネコの年齢を人間に換算する計算式がある。 
 
16歳以上の計算方式は(年齢×3+45)だから、ラーちゃんは人間なら96歳になる。元はウズベキスタンの野良猫なのだから、ずいぶんと数奇な運命を生きて来たと思う。 
 
最後の1ヶ月はお湯が大好きになり、家族が風呂に入ると一緒に入った。 
 
 
そのラーちゃんが1年半ほど前から具合が悪くなり、腹水が溜るようになっていた。 
最初の頃は2週間に一度、猫専門病院に行き腹水を抜いてもらっていた。 
 
それが今年になってからは1週間に一度となっていた。 
3月10日に家族で温泉旅行に行くために猫病院に預けて、その間に腹水を抜いてもらった。 
 
腹水が溜った時のラーちゃん。お腹がパンパンに膨れた。 
 
 
帰って来たラーちゃんはやせ衰えてしまっていて、見る影もない。 
どうしたことか、それ以降は腹水が溜らなくなり食欲も出て来た。 
 
「良かったぁー」と思っていたのも、つかの間だった。 
気が付いたら、後ろ足が変だ。 
歩く時に腰砕けのようになり、へたり込んでしまう。 
 
食事の時はテーブルの横に来て、一緒に食べた気持ちになっていた。 
 
 
食欲も無くなり、好物の猫缶の餌は食べなくなった。そして歩けなくなった。スーパーで大好物の生ホタテを買って来て与えたら喜んで食べたが、それも食べなくなった。 
 
三越デパートで高級ホタテを買って来たら、それは食べる。贅沢なラーちゃんだ。マグロのトロも少しだけ食べた。 
 
病院に行って腹水を抜くと、こんなにお腹が細くなった。 
 
 
ラーちゃんは私達には家族同然だった。 
段々と衰え、耳が遠くなり、足腰が立たなくなり、食事が摂れなくなり、時々、薄目を開けて我々を見るが、ただ寝ているだけだった。 
 
ラーちゃんを通して、私のこの先のことを学んだ。 
ただ私と違ってラーちゃんは、私達に一緒に生活する幸福感と癒しを与えてくれた。 
「ラーちゃん、後から行くから待っていてね―」。 
 
亡くなったラーちゃんは、まるでただ寝ているようだ。(私の彫った仏像に囲まれて)今にも起きて来そうな気がする静かな、安らかな寝顔である。体重も2.5キロになっていた。 
 
 
(おまけの話) 
我が家でペットを送り出したのは、今までに3回ある。 
シェパードの「アニー」、猫の「まるたん」、猫の「ベル」である。 
 
いずれの場合も府中の慈恵院というペット専門の寺院で葬儀と火葬をお願いした。今回も同じ寺院で火葬をすることにして、寺院に電話した。 
 
府中市の慈恵院。ペットの葬儀で儲けたらしく、以前より数段、立派になっていた。 
 
 
向こうは慣れているので、電話も事務的である。 
「個別火葬ですか?、お骨拾いをしますか?、骨壺は要りますか?」。 
 
「全部、お願いします」と言ったら、「料金は5万4000円です」と言われた。「まけてくれ!」とも言えず、翌日の午後2時30分の予約をした。 
 
火葬前の花に埋もれたラーちゃん。まるで昼寝をしているようだった。 
家から文旦が入っていた段ボール箱にお花をたくさん入れて、電車で運んだ。 
 
 
午後2時半から火葬のために窯に入れられ、その前で僧侶が読経をする。 
その後、待合室で1時間くらい待ち、また窯の場所に戻りお骨を拾う。 
ステンレスの入れ物に綺麗に並べられたラーちゃんの骨は真っ白で、まるで動物標本のようだった。 
 
家から持参した壺に骨を収める時には、家族が泣く。 見ていられない。 
その後、納骨堂にある立派な仏壇の前で、住職が最後の読経をしてくれた。 
 
そして小さくなってしまったラーちゃんのお骨を抱えて、3人は無口で家に戻る。家のドアを開けても、ラーちゃんのお迎えは無い。 
その時、初めて私も寂しさがこみ上げて来たのである。 
ラーちゃんの冥福を祈る(合掌) 
 
家に戻って来た時は、こんなに小さくなってしまった。 
骨壺は我が家から持参した、割合に高級な壺。 
 
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心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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