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[2020.03.11]
■あの人は今
 
この年になると、何かの拍子に突然、頭に浮かぶ言葉がある。 
ある時、急に浮かんだのが「あの人は今」という言葉であった。 
 
テレビを見ていて急に浮かんだだけで、特に理由は無かった。 
1990年代のNTVのバラエティ番組に、「あの人は今」というものがあった。 
 
(今回の写真は三菱地所が晴海に期間限定でオープンしたCLT工法のHARUMI PARKです) 
 
晴海通りから見た全体像。(隈研吾氏の作品)


昔は有名だったのに表舞台から消えてしまい、今はどうなったのかを探し出して来る番組であった。探し出してみた結果、思い掛けない分野で成功している人、普通のサラリーマン生活を送っている人など様々である。 
 
私にも時々、「あの人はどうしているかなー?」と、気になる人がいる。今回はそんな私の友人と、知り合いに登場してもらう。 
 
CLTとは板の繊維が直角方向に交わるように接着したパネル。 
 
 
1人目はXさんで、仕事の関係で知り合った小さな会社の社長だった。 
彼の会社はドイツ製の機械を輸入販売していて、私の会社でも加工用に購入したし、また取引先に販売もしていた。 
 
その後、その機械も国産化が進み、あまり売れなくなった。 
そこで彼は私の会社の外注先となり、部品加工をするようになった。 
 
隈研吾氏の作品は木材を豊富に使う作品が多い。 
 
 
私と彼は仲が良かったので、よく麻雀やゴルフで一緒に遊んだ。 
ある時、彼から聞いたのだが、「知り合いから全く分野の違う仕事の外注先にならないか?」と話があったそうだ。 
 
彼は起死回生とばかりに飛びついて、貸工場を借りて設備をしてパートを雇った。しかし仕事はなかなか上手く行かず、更に約束した工賃が払われず経営に行き詰った。 
 
そしてその後、風の便りでは「長野県の運送会社で働いている」と聞いた。 
 
暗くなると、更に魅力的になる。 
 
 
あんな気の良い、明るい男が騙されて全てを失ってしまった。 
私が知らない分野の仕事なので、始めるのを止めることも出来なかったのが残念であった。私には辛い話だ。 
 
 
次に登場するのがYさんで、彼も私の会社の外注先の社長だった。 
彼は仕事嫌いの兄貴から社長を引継いだが、兄弟は似た者同士で彼もまた仕事が嫌いだった。 
 
天井からプロジェクション・マッピングが投影される。 
 
 
幸いに働き者の社員が入社して、彼はその男に全てを任せて南太平洋に行ってしまった。たまに帰って来ては、私の会社に遊びに来て南国の生活の話をしていた。 
 
しかし働き者の社員も嫌気が差して、会社を辞めて独立してしまった。 
困った彼は一時は作業服を着て現場に立ったが、長続きをするはずも無かった。 
 
地面に色々な色で花びらが浮かび上がる。 
 
 
そして遂に諦めて工場を取り壊し、そこにアパートを建てて自分達もそこに住んだ。 
その時はバブル期だったので、銀行もいい加減な審査で融資をしたようだ。そして杜撰なアパート経営計画は、バブル崩壊と共に行き詰まってしまった。 
 
行き詰る少し前に会った時に彼に「どうするの?」と聞いたら、「長野県の女房の実家で世話になるかもしれない」と言っていた。 
あの2人が今はどうしているか、気になっている。 
 
花びらの間をカニや魚が泳ぎ回る。 
 
 
(おまけの話) 
もう1人は「千代子ちゃん」である。 
既に亡くなった人なので、千代子ちゃんと昔の名前で呼びたいと思う。 
彼女は私の子供の頃の我が家の女中さんだった。 
 
今で言う「お手伝いさん」である。 
千代子ちゃんは親戚の世話で、鹿児島県の種子島から上京し、我が家に住み込んだのである。 
 
勝鬨橋から東京湾方面を見る。 
 
 
昔は少し豊かな家には、必ず田舎から若い女性が行儀見習いを兼ねて女中さんとして来ていた。千代子ちゃんは働き者で、家事が終るとオヤジの会社の仕事も手伝っていた。 
ある時、彼女は「美容師になりたい」と言った。 
 
そして家から美容学校に通っていた。 
ある時、我が家を出て行き、都内の美容院で働くようになったのである。そんなある時、男の問題で自殺未遂をし、私は母を車に乗せて柏市まで行った覚えがある。 
 
勝鬨橋から見た築地大橋。 
 
 
それから10年近くなり、私は姉と一緒に自由が丘に開店した千代子ちゃんの美容室を訪ねた。彼女は売れない画家のダメ男と結婚していて、あまり幸せそうでなかった。 
 
その後、その男とも別れ、新宿歌舞伎町でクラブ経営と金貸しをしていると風の便りで聞いた。あの田舎者の千代子ちゃんが美容院を開業し、最後は歌舞伎町で成功していたとは驚きだった。 
 
「あの人は今」じゃないが、千代子ちゃんが元気な内にもう一度会いたかった。 
 
勝鬨橋に向って来る屋形船。 
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心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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