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[2020.02.11]
■新型コロナウィルス  
 
中国の武漢を発生元とする「新型コロナウィルス」の猛威が止まらない。テレビのニュース番組も、このニュースで持ち切りである。 
このウィルスがどれほど怖いかは知らないが、他人から移されたくはない。 
 
だから出掛ける時は「人混みを避ける」、「マスクをする」、「帰って来たら念入りに手洗いをする」をしている。「仕事も無いのだから、出掛けなきゃよい」と言われれば「その通り」である。 
でも「出掛けたい」のであるから仕方ない。 
 
2月9日(午後4時30分) 
(今回の写真は私の住むマンションの49階にあるスカイラウンジから撮影したダイヤモンド富士です。二重ガラス越しの上、モヤでハッキリ写らない)。 


新型コロナウィルスは日本以外でも拡散している。 
私の縁のあるベトナムはどうかと思い、知り合いのベトナム人に問い合わせてみた。 
 
2人から連絡が来たが、その内容は下記のものである。 
1人目は、いつも登場してもらうHさんで、現在は仕事で東京に来ている。 
 
2月9日(午後4時55分) 
 
 
「こんばんは。メールありがとうございます。新型コロナウィルス大変ですね。HCM市に2中国人、初めて発見された(お父さんと息子さん)、今息子さんは治療治してされた」 
 
これを正しい日本語に翻訳すると「ホーチミン市で初めて2人の中国人(父と息)の感染が発見され、現在、息子の方が治療中である」。 
 
ダイヤモンド富士には1日早かったようだ(2月9日) 
 
 
「10日間前にアメリカから武漢空港にベトナムへ乗り換え2時間だけ空港で待ち、ベトナムに3区ホテル1週間泊まり、身体おかし、検査結果はコロナウィルスされた」 
 
これは「10日前にアメリカからベトナムへ行くために、武漢で乗継のために2時間だけ空港で待った。その後、ホーチミン市の3区のホテルに1週間滞在し、体調を崩した。検査の結果は、新型コロナウィルスに罹っていた」。 
 
この日はモヤが出ていて、富士山がハッキリ見えない(2月10日) 
 
 
「ハノイある日本会社は、武漢にも支社がある、8人社員が武漢へ一か月研修行って帰って、全員コロナされた、関係家族にもウィルス伝染、どんどん人数増え、大変です」。 
 
これは「ハノイにある日本の会社は武漢にも支社がある。8人の社員が武漢に1ヵ月、研修に行って帰って来たら全員が新型コロナウィルスに罹っていた。彼らの家族にも次々と伝染し、どんどん人数が増えて大変なことになっています」。 
 
太陽が富士山の頂上に近付いて来た(2月10日・午後5時03分) 
 
 
「私の家族どうか心配です。本当は一週間前学校始まる、政府は二週間休み決めた、2息子を田舎送りました。日本にも大変ですね。社長は気をつけて。社長は外へよく出かけてですね、怖いくない?。また会いましょう」 
 
これは「私のベトナムにいる家族が心配です。1週間前から学校が始まったのですが、政府は2週間の休校に延長しました。2人の息子は田舎に避難させました」。 
 
頂上より左に沈みそうだ(2月10日・午後5時07分) 
 
 
Hさんは昔、私の会社で実習生として働いていたので、今でも私のことを「社長」と呼んでいる。ベトナムは医療関係が遅れているので、Hさんも心配しているのだろう。 
 
ベトナムでは病院に行く人は少ない。 
庶民は薬局で自分の症状を言って、それで薬を買うのが普通なのである。病院は高いし、混んでいてなかなか診察を受けられないという現状がある。ベトナムに行くと「日本人に生まれて良かった!」と実感する。 
 
頂上に少し足りない(2月10日・午後5時08分) 
11日では頂上の右側に行ってしまいそうだ。 
 
 
(おまけの話) 
このブログにたまに登場してもらう、ベトナムの日本語学校のM女史からもメールが来た。 
 
「ベトナムでは現在、新型コロナウィルスも流行っています。マスクもしていないは危ないですよ!!、ウィルスが移られますよ!!。東京は中国人観光客が多いですか? 日本政府は入国禁止ですか?」。 
 
太陽が富士山の少し左側に沈んでしまった(2月10日・午後5時10分) 
 
 
彼女は若い頃に国費で静岡県に研修に来て、3ヵ月間、日本に滞在したことがある。だから多少は日本語が出来たが、私がホーチミン市に滞在中に彼女を特訓した。 
 
そこで私は彼女の為に、思い出深い富士山の写真を送ってあげた。 
その写真の感想が、次のものである。 
「Hihi, 私の青春時代でした。先生の記憶力は素晴らしい!、ありがとう御座います。私は感動の気持ちです」。 
 
太陽が富士山の裏に消えて行った。 
 
 
最後に「先生、マスクをよく掛けてください。ミニハシモト」とあった。 
私がホーチミン市に滞在中は、日本語学校で飛び入りで先生役をした。 
だから彼女は私を「先生」と呼ぶ。 
 
そして私と彼女は誕生日が同じなので、それが嬉しく、またなぜか私のことを尊敬していて「ミニハシモト」とメールに署名して来る。 
HさんもMさんも、私の人生の終盤を豊かにしてくれている。 
 
我が家の窓から見た富士山は、手前のビルが邪魔している。 
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心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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