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[2020.01.28]
■人はなぜπ(パイ)を計算し続けるのか?
(2017年01月27日) 
 
 
最近の私が一番恐れていることは「ボケ」である。 
その兆候は以前からある。「忘れっぽくなった」が代表例である。 
 
仕方ないから、何でも手帳に書き込んでおく。 
出掛ける時は「メモ帳に用事を書いておく」など防御策は取っているが、それでも忘れる。 
 
築地本願寺・銀座サロンの講座紹介。 


頭を使い続ければボケを遅らせられると思い読書をしたり、ブログを書いたりしている。それでも足りないと思い、ある日に勉強に出掛けた。 
 
私が菩提寺としている築地本願寺の銀座サロンで、非常に興味を引く講座があった。それは「人はなぜπを計算し続けるのか?」という講座だった。 
 
桜井 進講師(なかなか男前である) 
 
 
行ってみたら、この講座は仏教とは全く関係ない話で、純粋に数学の話だった。 
 
講師はサイエンス・ナビゲーターという聞いたこともない職業の桜井 進氏で、どんな話をするのか興味津々だった。 
しかし受講生は男性が2人、女性が3人しかいなかった。 
 
銀座サロンには5人しか受講者がいなかった。(受講費は1000円) 
 
 
桜井氏は言う。「我々は昔から数学に囲まれて生活している」、「数学嫌いを作り出しているのは教育が間違っている」。 
 
「いきなり数式なんか教えるが、数学とは何かを最初に教えるべきだ」と熱く語っていた。そして世界に数学が生まれた歴史から教えてくれた。 
 
「Π」の概念。 
 
 
人間の祖先はアフリカで生まれ、そこから世界に広がって行った。 
「なぜか?」・・・その答えは「人は天気が良いと出掛けたくなる」からである。 
 
出掛けるためには地図と時間が必要で、そこから数学が起きたのだそうだ。現在でも我々が天気の良い日に出掛けたくなるのは、そのDNAを持っているからだと桜井氏は言っていた。 
 
金田康正氏の方程式。(1.24兆桁まで計算した) 
 
 
1789年にフランスが距離と時間を決めたのだが、それを世界中で今でも使っている。 
 
「1秒」は地球の自転周期の86400分の1,「1メートル」は子午線の長さの4000万分の1、1キログラムは1000立方センチメートルの重さなどである。そんな歴史を易しく解説して、次に「π(パイ)」の話になる。 
 
πの数字が無限に続く。 
 
 
日本は昔から世界有数の数学大国だそうで、日本で最初にπの計算をしたのは松村茂清という人で、1647年に和算方式で発表している。 
その後も世界のπの研究には日本人が多く登場しているそうだ。 
 
こういう話を延々と休み時間も無く、情熱的に2時間も話した。 
数学の話で2時間も飽きさせない話術と、その人柄に惚れ込んで2月の講座も申し込んだのである。  
 
銀座松屋のショーウィンドー。 
 
 
(おまけの話) 
私はこんなブログを書き続けているが、実は私は理系の大学を卒業し、社会に出てからは工業一筋の人生だった。 
 
でも数字は強かったが、数学はあまり得意じゃなかった。 
今回の講演会を聞いて、「こんな先生に出会えたら、数学が好きになっただろう」と本心から思った。 
 
ペットフード会社の「ご長寿ペット・フォトコンテスト」にラーちゃんが応募した。 
 
 
中学生の時に円周の計算式で「円周=2×半径×円周率」、即ち2ΠRというのを習った。 
また「円の面積=円周率×半径の二乗」、即ちΠR2というのも習った。 
二次方程式、サイン、コサインなんて小難しいのも習ったが、全て忘れた。 
 
小学生の時には足し算、引き算、掛け算、割り算というのを習った。 
社会人になって気が付いた。小学校で習った加減乗除しか社会で必要でなかったのである。 
 
私は可愛いと思うのだが、上位3賞には入選しなかった。 
(真ん中の写真) 
 
 
丸いものの面積を求めるには、どうしてもπ(パイ)が必要になる。 
πという考えが発生したのは、今から4000年も前というから驚きだ。 
ピラミッドにもπの考え方が使われているそうだ。 
 
そんな話を2時間も聞いて、最後に桜井氏は「πとは真実の詩である」で締め括った。久し振りに面白い話を聞き、これでボケの進行も止まったと思う。 
 
特別賞で送られて来た「クオカード」2枚(1000円分)。 
 
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心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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