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[2019.09.07]
■2回の講演会 
 
築地本願寺からお知らせメールが届いた。 
「8月30日に諏訪中央病院名誉院長の鎌田實氏の講演会に参加しませんか?」というものだった。 
 
諏訪中央病院の鎌田医師のことは、かなり以前から本やTVで知っていた。鎌田医師が考える「緩和ケア」の考え方が、自分に合っていると思っている。 
 
鎌田医師の著作「がんばらない」と「がんばらないを生きる」・・・★★ 


著書の中で鎌田医師は次のように書いている。 
「がんと診断されたときから患者さんには、4つの“痛み”が生まれます。肉体的な痛み、心の痛み、社会的な存在としての痛み、さらに将来のことを恐怖に感じるスピリチュアルな痛みです。緩和ケアは、これらの痛みや悩みに対処して、患者さんの生活の質を維持していくのが役割です」。 
 
築地本願寺の「第二伝道会館」の入口。 
 
 
今回の築地本願寺での講演は門徒だけを対象に行われたので、会場はいつもの本堂ではなく第二伝道会館だった。講師の鎌田實氏は1時間半の講演を熱心に語った。 
 
私より6歳若いのだが、見た目は若くない。しかし世の中に必要とされている人は、私と違って元気で溌剌としている。 
「スクワットをやれ」と言っていたが、億劫だなー。 
 
入口にあった講演会の内容のお知らせ。 
 
 
鎌田氏は講演で「誰でも病人に気楽に頑張れと言ってしまう。でも頑張った末にもう頑張れない人には辛い言葉だ」と言っていた。 
 
我々も入院患者をお見舞いに行った時に、何気なく「頑張れ」と言っていないだろうか? 
「頑張らないが、諦めないが大事だ」、という話が心に残った講演会だった。 
 
築地本願寺の掲示板にあった今月の言葉。 
「墓参り 合掌した手で 蚊を殺す」 
 
 
講演の帰り道に、私は若い頃に父のことで後悔したことを思い出した。 
私は24歳で父を胃がんで亡くしたが、その時の話である。 
 
当時は癌は不治の病だったので、患者に病名は知らせないのが当たり前だった。私の場合も同じで、父に「重度の胃潰瘍なので、手術が必要だ」とだけ伝えた。 
 
築地本願寺の本堂の両側にある獅子像。 
 
 
父も「癌でなくて良かった」とホッとした様子だった。 
しかし手術の結果は悲惨で癌の摘出は不可能というもので、開いた腹をそのまま閉じた。 
 
その後はドンドンと体力も落ち、癌が全身を蝕んで行った。 
その頃にはもう父は自分が癌であることは分っていたと思うが、最初に「胃潰瘍」と家族が言ったので、「癌ではない」という演技をするようになった。 
 
築地本願寺には色々な動物の彫刻がある。「獅子と馬」 
 
 
我々も今さら「実は癌だった」とは言えず、お互いに演技を続けてしまった。死ぬまで演技をし続けなければならなかった父のことを思うと、悲しくて仕方ない。 
 
父は癌と告知されていれば、最後に「妻への感謝、会社のこと、残された者へ」など言っておきたいことは山ほどあったと思う。 
 
告知をしなかったことを、今でも私は悔やんでいる。 
そんな私も10年ほど前に、伊達市滞在中に石田医院で前立腺がんを発見された。 
 
階段の踊り場で見付けた「象」。 
 
 
(おまけの話) 
女房が少し前から「腰が痛い」と言っていた。 
そんな時に私の姉から本が送られて来た。 
その本は「5秒 ひざ裏のばし」という変な本で、要は「膝を伸ばせば腰の痛みが無くなる」という真偽のほどが不明なような本だった。 
 
私の姉は「ひざ裏のばし」の本の中でモデルになって実践したところ、本当に腰の痛みが消えたと言う。 
 
川村明医師の「ひざ裏のばし」関連の本だけで、60万部も売れている。 
 
 
そこである日のことである。 
女房は姉夫婦に連れられて山口県の宇部市まで、その先生を訪ねて治療を行ってもらった。その結果は良好のようだ。 
 
その先生の本はかなり売れているようで、9月5日に八重洲ブックセンターで講演会とサイン会があり、私もそこに駆り出された。 
 
「医者ヨガ」と「5秒 ひざ裏のばし」。 
 
 
講師は「かわむらクリニック院長」の川村明医師で、「ひざ裏のばし」が健康の基だと言う。 
誰でも年をとると、みんな「ピンピン・コロリ」を願っているが、なかなかそうはいかない。 
 
だから健康に関する本は売れ、講演会は満席となる。 
私は腰は痛くは無いが、「ひざ裏のばし」が健康に良いのなら、まあやってみるかー。  
 
講演会が行なわれた八重洲ブックセンター(東京駅前) 
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心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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