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[2019.08.08]
■熱中症の危険でも  
 
文京区観光協会事務局から封書が届いた。 
開けてみたら、「第58回文京区観光写真コンクールのご案内」の手紙だった。 
 
前回の第57回の写真コンクールに応募して、あっさり落選した。 
しかし「惜しい」と思われる写真展が文京区役所で開催されて、それには通った。 
 
東京大学の赤門前では、いつも記念撮影する親子がいる。 


でも惜しくても入選しなければ「おまけ」みたいなもので、納得はしていなかった。 
 
他のフォトコンテストも次々と落選し、「もうこれ以上の上達は無い」と感じてフォトコンテストへの応募は諦めようと思っていた。 
そこへ文京区からのお誘いの手紙で、少し心が動いた。 
 
安田講堂(核マル派の最後の攻防の砦も懐かしい) 
 
 
応募の締め切りは9月21日でまだ間があるが、私の好きな紅葉の時期ではない。そこで「応募を忘れない内に」と思い、手紙の来た翌日に写真を撮りに行くことにした。 
 
前回の私の応募作品は「雪の中の東京大学」だったので、今回は「灼熱の中の東京大学」をテーマにすることにした。 
 
東大は広いので、自転車で移動する学生も多い(史料編纂所前) 
 
 
この日は朝から気温が30度を越えていて、女房は「熱中症になるから、出ない方が良い」と言った。 
私は「冷えた水を持ったから大丈夫」と言い、家を出た。 
 
午前10時だというのに、もう気温は34度にもなっている。 
地下鉄「本郷3丁目駅」で降りて、東京大学に向かう。 
 
「法文2号館」の1階通り抜け通路。 
 
 
学生時代には縁が無く敷居が高い感じの東大だったが、リタイアしてからは公開講座受講、映画鑑賞、写真撮影などで何度も行くようになった。 
 
そうなると東大が身近に感じられて来て、第2の母校みたいになって来たと言えばオーバーだ。 
赤門の前にはいつものように、東大の学生と自慢げな母親が記念撮影をしている。 
 
法文2号館の通路の両脇の細い通路(左右) 
 
 
関係者のような顔をして守衛を無視して奥に進む。 
この通りは秋になると銀杏並木が落ち葉で一面の黄色い絨毯となり、とても美しい。 
 
突き当りを左折すると、私の今回の撮影ターゲットの建物が見えて来る。法文1号館と2号館の1階を貫くゴシック様式の通路が今回の狙いである。 
 
「法文1号館」の1階通り抜け通路。 
 
 
低い位置から通路とアーチ状の天井を入れて、その向こうの2号館も撮りたい。でも次々とやって来る学生がいて、なかなか撮影チャンスが来ない。 
 
やっと学生が途絶えた時に、シャッターを押す。 
家に帰って撮影した写真を見たら、自分の考えていたような写真になっていなかった。いつもそうなんだ。 
 
「総合図書館」前の噴水。 
 
 
(おまけの話) 
東大の撮影を終えたが、家に帰るにはまだ早い。 
汗だくで本郷3丁目駅に向かい、そこから「牛込神楽坂駅」で降りる。 
 
先ずは「腹が減っては戦が出来ぬ」ということで、私の贔屓の蕎麦屋「山せみ」に入る。ランチメニューの「モリそばと小天丼」を食べてから、神楽坂の裏通りの撮影に行く。 
 
蕎麦屋の「山せみ」でランチを食べた。 
 
 
気温はドンドン上がり、35度は越えていたと思う。 
さすがにこの暑さでは、いつもは大勢で闊歩している神楽坂見物のオバサン達は来ていない。 
 
しかし暑い。もう持参した冷えた水は飲み終えた。 
女房が私の熱中症を心配するのも分かる。 
いま考えると現役の時は元気で、この暑さの中で日曜日になると必ずゴルフに行っていた。 
 
神楽坂の真ん中あたりにある「善国寺」を門扉から覗く。 
 
 
神楽坂の裏通りは人もあまりいないので、写真撮影は問題ない。 
しかし私の予想と違って、あまりの暑さで神楽坂のシットリ感が出ないのである。それでも数枚の写真を撮り、フラフラしながら家に戻った。 
 
そして気が付いた。「神楽坂は文京区かなー?」。 
ネットで調べたら「神楽坂は新宿区」だった。 
ボケと暑さで、こんなことも分からなくなっていた。 
 
神楽坂は石畳が似合う町。 
同級生で元演歌歌手のMくんが住んでいたが、今は倉敷に越してしまった。 
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心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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