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[2019.08.09]
■神田・神保町を歩く 
 
神田・神保町に行った。その理由は映画を見るためである。 
あんな小さな小さな町である神保町には映画館が2軒あるから驚く。 
 
1軒目は私がたまに行く「岩波ホール」で、ここは大手がやらない問題作の映画を上映する。もう1軒は「神保町シアター」で、昭和の懐かしい映画を中心のプログラムを上映している。 
 
「神保町シアター」の看板はお洒落だ。 


表通りの靖国通りは「古書店街」で有名だ。 
たぶん地方の人は「神保町と言えば、古書店街」を想像するだろう。 
通りの南側に以前より軒数は減ったが、今でも古書店が軒を連ねている。 
 
意外と知られていないのが、東京では古書店と仏壇屋は必ず道路の南側にある。それは太陽の直射日光で、商品が日焼けするのを避けるためなのである。 
 
古本屋の前に停まった車から古本が大量に降ろされている。 
 
 
靖国通りから1本目の裏通りに入ると、そこには昭和の香りとモダンな令和が同居している。一番有名なのが、純喫茶の「さぼうる」である。 
1955年創業の神保町の主みたいな店である。 
 
変な名前で、私は以前から仕事を「サボる」の意味だと思っていたが、気になって調べたら、どうやらスペイン語の「味」という意味らしいと分かった。だから純喫茶なのに食事も出しているのかもしれない。 
 
「すずらん通り」。 
 
 
他にも歴史ある「ラドリオ」とか、「ミロンガ」という店もある。 
「さぼうる」のもう1本先の道路は「すずらん通り」という。 
 
ここは私の女房が子供の頃によく来た場所だそうで、九段下の自宅からタクシーで100円だったそうだ。 
ここには有名な店は色々あるが、やはり一番は天ぷら屋の「はちまき」だろう。 
 
純喫茶「さぼうる」の入口。 
 
 
この店も歴史は古く(1931年創業)、文豪らを虜にした天丼を提供する店として有名である。 
江戸川乱歩も愛した店なのだが、店のホームページを開いても、そんな自慢たらしいことは書いていない。そこがまた気に入るのである。 
 
名物は「穴子海老天丼」で、1500円である。 
この日は定休日(月曜日)で、残念だが次回の映画の時に行くことにする。 
 
ギャラリー珈琲店「古瀬戸」。店内はアートでお洒落。 
 
 
「すずらん通り」には老舗の有名店が沢山あったが、今では数えるほどしか残っていない。昼時だったので、サラリーマンがランチを求めて道路いっぱいに広がって歩いていた。 
 
ここもご多分に漏れず、バブル期に地上げに遭って35軒の老舗が消えた。女房は「バブルの前のあの頃は、落ち着いた町で良かった」と言っていたが、今はシニアが探索に来る観光地となってしまった。 
 
神保町にはお洒落な喫茶店とカレー屋が多い。 
 
 
「すずらん通り」の西の端くらいに、明治39年創業の「揚子江菜館」という中華料理店がある。 
この店は、なんと驚きの103年もの歴史的な中華料理店である。 
 
ここが有名なのは、日本で初めて「冷やし中華」を考えて出した店だからだ。私は以前に食べたことがあるが、1510円は値段が高過ぎると思う。 
 
缶詰を食べさせるユニークなBAR(缶詰バル)「チャボ」。 
 
 
 
(おまけの話) 
神田神保町に来て、岩本町の人を思い出した。 
この人は私が現役の時の仕入れ先の鋼材屋の専務取締役(Hさん)で、私のオヤジの時代からの付き合いだった。 
 
私が大学を卒業した時には、お祝いに大きな尾頭付きの鯛を届けに来てくれた。その頃にHさんは40歳くらいだったと思う。 
 
中華料理店「揚子江菜館」。 
 
 
その後もズーと付き合い続けて来て、私が引退するまで付き合いは続いた。私が40歳になった頃にHさんは私に言った。 
 
「オヤジがなかなか引退しないので、自分は社長になれずに自分の息子が社長になってしまう」。事実、その10年後に、そうなってしまった。 
そのH さんの会社は神保町から2駅先の岩本町にあったはずだ。 
 
江戸川乱歩のお気に入りだった老舗の天ぷら屋「はちまき」。 
 
 
Hさんの会社を訪問する気は無いが、「会社はまだあるか?」と思っただけである。 
昔のアメリカ映画のジャック・ニコルソン主演「アバウト・シュミット」で引退した男が部下に「近くに来たら寄って下さい」と言われ、その気になって会社に行ったら邪険にされたストーリーがあったが、私はそれほどバカじゃない。 
 
Hさんの会社を探して近くに行ったら、古いままの会社がそこにあった。もうHさんは亡くなっていると思うが、いっ時だけ思い出の場所で昔に戻ったのであった。 
 
カフェでもらったタウン誌「おさんぽ神保町」。 
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心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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