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[2019.07.08]
■ベトナムに行く(9)・・・・最後のおまけの話
 
家に戻り、女房と娘がベトナムで買って来たFEVEの整理を始めた。 
テーブルに広げたFEVEの数を見て、私は驚いた。 
娘は何事も無かったように、「たった1000個くらいよ!」と言った。 
 
「エー!3,800,000ドンも払ったの?」。 
でも驚くことはない。 
380万ドンは日本円で1.9万円だから、1個のFEVEは約19円である。 
 
自宅のテーブルに広げたFEVEの数々。(画面に収まり切らない) 


それをジャンル別に仕分けする。 
動物、パン、お菓子、歴史上の人物、職業人、建物などに分けて並べている。これを写真に撮ってみたら、さすがに壮観である。 
 
趣味というものは無関係の人には理解不能であるが、私がベトナムに関わっていたからこそ買いに行けたのだから、2人には「もう少しは私に感謝しろ」とまでは言わないが思ってはいる。 
 
種類別に並べる。これは平らなFEVE。 
 
 
KAIZEN日本語学校で私が教えた生徒達は、遠からず日本にやって来る。彼ら・彼女らには私の連絡先を教えたので、真面目に日本語を勉強したいと思っている生徒は日本に来てから私にメールを寄越すだろう。 
 
10人に1人くらいは仕事の後に日本語を勉強し、帰国したら日本企業で高給で働くようになるだろう。 
でも、これがなかなか出来ないのが現実である。 
 
人物のFEVEはエジソン、チャップリンなどの名士もいる。 
 
 
KAIZEN日本語学校は来年か再来年に新校舎が完成すると、一挙に生徒数が4000人から2万人に増える。 
するとそれに見合う日本語教師も必要になる。 
 
多くは大学の日本語学科を卒業した人を採用しているが、中には日本人でリタイア後の人生をここで過ごす人達もいる。 
殆どの先生が若い女性なので、必ず結婚・出産の問題が付いて回る。 
 
パン、お菓子と職人のFEVE。 
 
 
問題はそれ以外に「結婚式」に関することがある。 
ベトナム人は自分の結婚式には、なるべく多くの人を招きたがる。 
既に結婚している人達は悩んでいる。お祝い金が大変なのである。 
もうもらう予定も無いのに、先生の人数が増えれば大変な出費となる。 
 
M女史から頂いたお土産のボールペン・セット。 
 
 
生徒が2万人になれば、先生の数は400人くらいになるだろう。 
しかも若い女性ばかりである。 
ベトナムでは結婚式に出席しなくても、お祝い金を出さなければならないシキタリがある。 
 
そうなると毎月5組くらいは結婚する。今の給料でそれは出来ない。 
そこで私はソン社長に「お祝い金を出す範囲、お祝い金額を社長が決めて発表すべき」とアドバイスした。 
これは実行されると思うが、我ながら良い提案だと思っている。 
 
A先生から頂いたスカーフと帽子。 
 
 
日本で問題になっている「ひきこもり」と「ボケ老人」に付いて、女性の先生に聞いてみた。 
彼女は「ベトナムでひきこもりなんて聞いたことがない」と言った。 
 
「ひきこもり」は豊かな社会の中でしか起きないようだ。 
「ボケ老人」も昔の日本のように、どうやらボケる前に死んでしまうようだ。 
 
JAICAの進める新交通システムの工事現場。 
 
 
ベトナムの社会インフラはアンバランスである。 
日本にも無いような81階建てのビルがあるのに、電車も地下鉄も無い。 
 
日本政府のODAで、現在、ホーチミンの1区でJAICAが中心となり新交通システムの工事中である。 
建設は日本の清水建設と、前田建設のジョイントで行われている。 
 
先生方との食事会で頂いた高級ベトナム茶。 
 
 
ベトナムは社会保障が充実していないので、老人の生活は厳しいようだ。公務員は年金制度があり、男性60歳、女性55歳で受給資格が出来るが、その金額は日本円換算でわずか月額2600円で、さすがにこれではベトナムでも生活出来ない。 
 
一般の人はそれも無いので、街には生活の為に宝クジを売る老人の姿を多く見るが、そんな時に私は「日本人に生まれて良かった」と思うのである。 
 
元KAIZENの先生のHさんから頂いた「ツバメの巣のジュース」。 
 
 
最後に、ひょんなことから私はベトナムという国と関わった。 
しかもソン社長という稀に見るカリスマ性を持った男性と知り合えた。 
 
このことが私の引退後の人生を過ごす上で、非常に楽しく、また豊かな時間を与えてくれた。 
残る時間をベトナムの若者の為に、出来るだけの協力と応援をしたい。 
 
「ベトナムの旅」はこれで終りです。 
 
元実習生のBちゃんから頂いた「蓮のお茶」。 
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心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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