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[2019.06.12]
■東京のパナマ運河 
 
全国的に、暑い日が続いている。 
北海道佐呂間町では5月26日に39.5度というこの季節でなくても驚くような気温を記録した。この気温は全国の観測史上の最高だという。 
だいたい気温が人間の体温を越すと、もう病気になるのが普通だ。 
 
清澄通りの高橋から、小名木川の側道に降りる。 


そうかと言って、「暑い日は外に出ない」と決めると、それが引き金になって出不精になり「引きこもり」になる恐れがある。 
 
外に出れば出たで暑くてイライラし、若者もジジイも怒りっぽくなるから困る。時々、アチコチでブチ切れているジジババを見ることがある。 
 
小名木川の左側を進むと、綺麗な花が咲いていた。 
 
 
「雨にも負けず、風にも負けず・・・」という宮沢賢治の詩があるが、 
彼も現代に生きていれば「暑さには負ける」だったろう。 
 
そこで「暑いから」と言い訳をして家にいては、女房に嫌がられるので頑張って外へ出た。 
行く先は以前から行こうと思っていた小名木川の扇門閘門である。 
 
小名木川は補強工事の真っ最中。 
 
 
「扇門閘門」を読める人は凄い。私は「おうぎもん」は読めたが、その次が読めなかった。これは「こうもん」と読む。 
「肛門」とか「校門」、「黄門」の変換ミスではない(笑) 
 
「閘門」というのは「水位の異なる河川や運河、水路の間で船を上下させるための装置」である。 
世界的に有名なものは「パナマ運河」にある「閘門」であるが、その閘門が、なんと東京23区にあるから驚く。 
 
橋の下を通過したら、トンネルの壁に小学生の絵が描かれていた。 
 
 
これは通称「東京のパナマ運河」と呼ばれているそうだが、私はそれほどとは思わない。都バスで清澄庭園まで行き、高橋から小名木川の脇の小道を上流に向かって歩いて行く。 
 
小名木川という名だが、これは徳川家康の命令で建設された江戸川区にある運河である。江戸時代の運搬手段は船に頼っている場合が多く、今でも多くの運河が残っている。 
 
新高橋の下を進む。 
 
 
運河の両側で工事が行われている。 
工事用の看板を見ると、東北大震災後に運河の補強を行っているらしいと分かった。 
 
高橋から西深川橋、東深川橋、大富橋、新高橋と進むと新扇橋が見える。その先の小松橋との間に、扇橋閘門があった。 
ここまでゆっくり歩いて30分である。 
 
新扇橋の1つ先の「小松橋」。右側が扇橋閘門。 
 
 
ところが期待した「東京のパナマ運河」はまだ工事中で、完工は来年の 
9月と書いてある。またも私の早トチリだった。 
 
船が閘門を通過するのを見るために、暑い中をここまで来たのにガッカリだ。でも、全て私に問題がある。 
誰も誘わないで良かった。恥をかくところだった。 
 
隅田川方面から見たところ。   荒川方面から見たところ。(扇橋閘門) 
 
 
(おまけの話) 
(このブログを5年半、お休みしている間のニュースである) 
 
ある時、何で見たかはよく覚えていないが、「東京にもスエズ運河のような場所がある」と知った。 
それは「荒川ロックゲート」という名で、1人で行くのも寂しいので友人達を誘ったが、こんなどうでもいいような企画に2人が乗って来てくれた。 
 
荒川からロックゲートに向って観光船が入って来た。 
 
 
荒川ロックゲートを通過する船の数は、年間で2000隻くらいらしい。 
土曜、日曜、休日はゲートは開かないので、平日には凡そ7隻は通過する計算となる。 
 
その日に船が通過しないという恐れもあるので、安全を期して遊覧船が必ず通過する午後3時30分頃に見学を計画した。 
 
ゲートとゲートの間で停船し、両側のゲートを閉めて大量の水を抜いて運河の水位に合わせる。 
 
 
予定の時間になったら観光船がやって来るのが見えた。 
ゲートが上がり、船が荒川から運河に入る。 
 
荒川の方が2メートルくらい運河より水位が高いので、ゲートを閉めた後に運河の水を抜いて、水位の調節をする。 
そして反対側のゲートを開けて、船が出て行った。 
これは一見の価値がある。  
 
水位が合ったら、ゲートを開いて船は運河方面に出て行く。 
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心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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