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[2019.08.14]
■人には歌がある 
 
人生の終盤に差し掛かると、自分の人生を振り返る時間が多くなる。 
今さら取り返しはつかないが、反省しきりである。 
 
「人には歌がある」とか、「人生、歌がある」などとよく言われる。 
若い頃には「なにを言ってるんだか?」と思っていた。 
私の音痴もその理由だった。 
 
(今回は写真で人生を振り返ってみた) 
 
ネパールにヒマラヤ山脈を見に行った(2005年) 
2015年に起きた大地震で、これらの建物は全て破壊されてしまった。 


それが段々と年をとって来ると、「思い出の歌」などが自然と出て来る。若い頃は煮魚なんて嫌いだったのが、いまは好きになったような感じだろうか? 
 
そんなこともあるからか、月に一度のマンション仲間と歌うカラオケの曲目も以前と違って来た。 
私は作詞家の星野哲郎さんとはゴルフ仲間だったので、以前は彼の作詞した歌を歌うことが多かった。 
 
ベトナム南部を流れるメコン川(2003年) 
 
 
しかし最近のお気に入りは「群青」である。 
【群青】作詞・作曲 谷村新司 
老いた足どりで想いを巡らせ 海に向かいて1人立たずめば 
我より先に逝く不幸は許せど 残りて哀しみを抱く身の辛さよ 
 
君を背負い歩いた日の ぬくもり背中に消えかけて 泣けと如く 
群青の海に降る雪 砂に這ばいて海の声を聞く 
待っていておくれ もうすぐ還るよ 
 
ヘリ空母・いずも/横須賀港(2017年) 
 
 
この歌は1981年に封切された日本映画の「連合艦隊」の主題歌である。「封切」なんて、最近の人は分からないかもしれない。 
これはロードショーのことである。 
 
太平洋戦争に出征して行った息子を思う親の心を歌ったのであろう。 
美しい歌詞と心に響く旋律に、いつも心を打たれながら歌っている。 
 
 
カルフォルニア州アルバカーキのバルーン・フェスティバル(2004年) 
 
 
その次に好きなのは「山河」である。 
【山河】・・・・作詞 小椋佳、作曲 堀内孝雄 
人は皆 山河に生まれ 抱かれ挑み 人は皆 山河を信じ 和み愛す 
そこに命をつなぎ 命を刻む そして終いには山河に還る 
 
顧みて恥じることない足跡を 山に残したろうか 
永遠の水面の光増す夢を 河に浮かべたろうか 愛する人の瞳に 
俺の山河は美しいかと 美しいかと   
 
山中湖に氷が張って、氷上のワカサギ釣りが出来た年(2008年) 
 
 
小椋佳は顔に似あわず、美しい詩を書く。 
私の亡き母は小椋佳の母親に茶道を習っていたことがあるので、親しみを感じている。どうしたら、こんな美しい詩を書けるのだろうか? 
 
やはり持って生まれた才能だろう。 
「顧みて恥じることない足跡を 山に残したろうか」なんて言われると、私は恥ずかしい思いをする。 
 
高尾山の山伏の荒行「火渡り」(2009年) 
 
 
最近の若者向けの歌は、みんな同じように聞こえる。 
第一に気に入らないのは、詩が美しくない。 
ダラダラとした文章で、詩とは言えない。曲も騒々しい。 
グループで出ている歌手たちも、みんなが同じメロディを歌ってハモらない。 
 
「お笑い番組も嫌い」、「若者の歌も嫌い」。どちらも煩い。 
それにしても私が「最近の若者は・・・」と言うようになったら、お終いなんだろうなー。 
 
大洗港から苫小牧港まで、毎年夏にサンフラワー号に乗って伊達市に通った(2003年)いつもカーフェリーから夜明けを迎えた。 
 
 
(おまけの話) 
日本語の歌は、直に心に響く。外国語の歌は何を言っているのか分からない。そんな中で唯一、私がカラオケで歌うのがフランク・シナトラが歌ってヒットした「My Way」である。 
 
現役の人がこの曲を歌うと、なんだか反発したくなる。 
この歌は人生の終盤にならないと、なかなか理解できない歌である。 
 
ハワイで仏像展を開催した時の美しい海岸(2006年) 
 
 
【My Way】・・・・作詞・作曲 Paul Anka (ポール・アンカ) 
And now, the end is near And so I face the final curtain 
My friend I'll say it clear I'll state my case, of which I'm certain 
I've lived a life that's full I traveled each and every highway 
And more, much more than this, I did it my way 
 
ノールウェイのフィヨルド(2007年) 
 
 
「And now, the end is near and I face the final curtain」なんて歌われると、シミジミしてしまう。 
カラオケ仲間で英語の歌を歌う人はいないので、みんなはどう思って聞いているのだろう。 
 
反省、後悔など色々とあるが、それでも私も「自分のやり方」で人生をやって来るより仕方なかった。 
 
「もう一度、生まれ直したら、またこの人生をやりたいか?」と聞かれたら、「もう嫌だ」と答える。他にもっと良い人生があるかどうか分からないが、違うことをしてみたいだけである。 
 
私の人生のスタートとなった1964年のNY世界博覧会の会場のシンボルだった地球儀だけが、今も残されている。(撮影日は2010年) 
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心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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