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[2019.05.28]
■都内唯一の渓谷 
 
東京の「渓谷」の話である。 
ネットで「けいこく」を検索すると、警告、渓谷、傾国が出て来る。 
「経国」もあるが、これは台湾の元総統で、蒋介石の息子である。 
 
奥さんはロシア人で、父親とは思想が違った。この話は台湾を語る上で欠かせない。蒋経国の次の総統が、日本でもお馴染みの李登輝総統である。 
 
駅からすぐの場所に「等々力渓谷入口」の看板がある。 


さて渓谷の話に戻るが、東京都には30の渓谷がある。 
西の外れは山岳地帯で、「ここが東京都?」と思うほど、田舎である。 
渓谷の多くは西多摩郡奥多摩町にあるが、東京23区にたった1ヵ所だけ渓谷がある。驚くことに、それはなんと世田谷区にある。 
 
渓谷に降りると、真っ赤な鉄橋が目に入る。 
 
 
学生時代の友人達と等々力渓谷の散策に行った。 
「等々力」は世田谷区の地名だが、東京以外の人で読める人は博識である。これは「とどろき」と読み、その謂れは「渓谷に流れ落ちる不動の滝の轟く音に由来するという説が有力である。 
 
渓谷の左側を進む。この渓谷は最終的には多摩川に注ぐ。 
 
 
午前11時に東急電鉄「大井町線」の等々力駅の改札口で待ち合わせた。 
私は時間は掛かるが、東急バスで東京駅丸の内口の始発から終点の等々力まで乗った。 
 
車を手放し運転免許を返納してから、バスに乗ってノンビリと窓の外の風景を見るのが好きになった。 
 
最初は左側を進むが、途中から石橋を渡って右側を歩く。 
 
 
11時少し前に等々力駅に行くと、もうみんなは来ていた。 
すぐに等々力渓谷に向かう。向かうと言っても、駅から僅か1分である。 
「等々力渓谷入口」の看板横から石段を30〜40段、降りるとそこは渓谷である。渓谷沿いの道は整備されていて、コンクリートの道である。 
 
「水すまし」がスーイ、スーイと水面を進む。黒点の上方に「水すまし」が見える。 
 
 
渓谷だけあって木々が生い茂り、直射日光は当たらないので涼しい。 
入口に近い場所は川が少し深いらしく、水の流れが遅い。 
 
「水すまし」が泳いでいる。何十年ぶりに「水すまし」を見た。 
水面に付く水すましの足が光を遠して川底に大きな黒点になって映る。 
川の小魚や鴨などを見ながら、川沿いの細い道を先に進むが平坦だから楽だ。 
 
鴨も泳いでいた。 
 
 
10分ほど行くと、左手に湧き水が出ていて、その横の階段を上ると等々力不動尊がある。5人の内、2人は足が弱っていて茶店で待つ。 
3人は元気よく不動尊まで行った。 
 
そのまま来た道を戻り、お昼ご飯となった。 
家に帰って万歩計を見たら、6000歩にもなっていなかった。 
これじゃ運動にもならない。 
 
崖から清水が湧き出している。それを祀る小さな神社。 
 
 
(おまけの話) 
この会は「都心を歩く会」という名称だが、最近は「足が痛い」だの、「腰の具合が悪い」などと言うメンバーが増えて来て、「都心を歩かない会」に成り下がっている。 
 
今回の等々力渓谷の企画は、「昼飯は鰻屋」で釣ったようなものだった。案内メールを出した時に、「昼に何を食べるか?」で参加する人数が変るような気がしている。 
 
龍のような口から清水が湧き出ている。竹林もあった。 
 
 
今回の鰻屋は、私は以前に知り合いに連れて来られたことがある。 
「美味しいか?」と聞かれると困る。普通であるから・・・。 
 
何が特徴かと言えば、「安い」に尽きる。 
「うな重」の梅が税込み2300円なのである。 
これで立派なうなぎを期待する方が図々しいと思う。 
 
清水の湧き出ている横の階段を50段くらい登ると、そこに等々力不動尊があった。 
 
 
等々力渓谷に入る時に鰻屋に電話で予約したので、店では奥の座敷に案内された。店主も予約して来るなら「特上の5000円のうな重」を密かに期待していたかもしれない。 
 
私は野田岩が贔屓なので、他の店では高いうな重は注文しない。 
殆ど期待外れになるからだ。 
みんなも「美味しかった」とは誰も言わなかったので、やはり普通だったのだろう。 
 
鰻屋「昇八」のうな重「梅」・・・2300円(税込み)は安過ぎ。 
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心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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