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[2019.04.05]
■井の頭公園の桜は満開だった
学生時代の友人達と「都心を歩く会」を作って楽しんでいる。 
この会のスタート時点では「秘湯研究会」で、日本各地の秘湯を巡る旅をしていた。それが写真好きが増えて、「デジカメクラブ」となった。 
家族からは「ジジ・カメクラブじゃないの?」とバカにされていた。 
 
井の頭公園に入ると、目の前に井の頭池の中頃を東西に分ける七井橋がある。 


それが年齢が上がるに連れて、「都心を歩く会」に発展して来た。 
更に年数が経ち、亡くなる者、入院する者、足腰が弱る者が出て来て、今では「歩かない会」に成り下がってしまった。 
それでも昔の仲間というのは良いもので、時々、集まってはランチをして昔話をする。 
 
桜が満開で素晴らしい光景だ。 
 
 
東京にも桜が咲いたので、久しぶりに元の地元に近い「井の頭公園」で花見を企画し「歩かない会」のメンバーに参加を要請した。 
今回は珍しく、全員6名の参加となった。 
JR吉祥寺駅の公園口で待ち合わせ、歩いて公園に向かう。 
今はこの道はお洒落な通りとなり、昔の住宅街だった頃の面影は無い。 
 
弁財天にも桜の花が。 
 
 
公園の入口には同級生の経営する「いせや」という地元では有名な「焼き鳥屋」の支店がある。 
元々は本店は大きな肉屋だったが、店先で焼き鳥と酒を提供したら、こればバカ当りでこちらが本業になった。 
 
経営者だった同級生のK君は既に亡くなり現在の状況は分からないが、相変わらず繁盛しているのは良かった。「いせや」を横目で見ながら、井の頭公園に入る。 
 
逆光の中で噴水が美しい。 
 
 
井の頭公園に入り、1時間の予定で解散し、夫々が写真を撮ったり水彩画の写生をしたりした。 
この日は晴天で、しかも桜が満開とあり観桜客が大勢来ていた。 
ここでも外国人が多く来ている。 
 
今や東京では、日本人だけの場所は殆ど無くなってしまったようだ。 
池の真ん中の七井橋は人で埋まっている。池も貸しボートが群れていて、満開の桜を楽しんでいる。 
 
七井橋は写真を撮る人達で大混雑。 
 
 
もう私も写真を撮る時には以前のような「一写入魂」ではなくなったので、集合時間より早く戻った。 
同じく早く戻っていたX君に、誰かが「Sくんは最近は連絡は無いが、どうしてる?」と聞いたら、彼は「Sくんは亡くなった」と言った。 
 
ところがそれを聞いたY君が、「最近のことだが、共通の友人のZ君がS君に電話したら本人が電話に出た。」と言った。 
 
井の頭池にはたくさんの貸しボートが出ている。 
 
 
少し連絡が途絶えただけで、みんなからは「もう亡くなった」ことにされてしまう。この年になると「便りの無いのは、悪い知らせ」となるので、私も連絡は欠かさないようにしたい。 
 
井の頭公園を出る時に集合写真を撮ったが、その時に誰かが言っていた。「あの時が○○君に会った最後だったなー、とならないようにしよう!」 
 
       貸しボート       落ちた花びらが「花筏」に。 
 
 
(おまけの話) 
吉祥寺は元の地元の小金井に近かったので、小金井に住んでいた頃はよく食事や買い物に行った。 
当時の吉祥寺と最近の吉祥寺は大きく変り、以前よりもっと若者の町に変った。 
 
ある調査では「若者の住みたい町」の第1位になったこともあし、今でも必ず上位に入る町である。 
井の頭公園の桜を見た後に、第一ホテルの中華料理店に行った。 
ここは以前から贔屓にしている店だ。 
 
さつま揚げ屋「塚田水産」(お土産にさつま揚げを買った) 
 
 
食後はみんなで吉祥寺の町をブラブラして、昔を懐かしんだ。 
私の贔屓は「ハモニカ横丁」である。 
昔のハモニカ横丁は進駐軍の横流し物資や、怪しげな品を売っている店が多かった。上野のアメ横みたいな感じだった。 
 
今ではすっかり清潔になり若者を相手の飲食店が増えてしまったが、狭い路地はそのままなので当時の雰囲気だけは残っている。 
 
「ハモニカ横丁」 
 
 
ハモニカ横丁の入口の和菓子屋「虎屋」の看板バアチャンの焼き団子も美味しかったし、私が良く買っていた餃子屋の「みんみん」、薩摩揚げ屋の「塚田水産」も健在だった。 
 
残念ながら虎屋のバアチャンは亡くなった。 
私の贔屓の店は若者向きではないので、いずれ消える運命か? 
若い時は特に何も感じなかったが、年のせいか懐かしく思うことが多くなった。これは高齢者の特典かもしれない。 
 
右側に餃子屋の「みんみん」が見える。(お土産に生餃子を買った) 
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心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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