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[2019.03.12]
■ベトナム戦争の後遺症【5】(SONG NHAT HOTEL から)
(2013.7.23) 
 
顧問先のESUHAI社のソン社長の故郷のミトー市を訪問した。 
ホーチミン市から南に2時間くらい行ったところにある町で、南部では古くから発展し、一番大きな町である。 
 
政府外郭団体事務所前で。 右から2番目が元国会議員。 
 


この町にあるベトナム戦争孤児や戦争被害者の救援の為の政府外郭団体を訪問し、そこに会社からパソコンとプリンターを寄贈する為である。 
 
ベトナム戦争は1975年に北ベトナムの勝利で終った。 
しかし現在でも戦争の後遺症がある。 
後遺症というのは、アメリカ軍が戦時中に空から撒いた枯葉剤による奇形児の誕生である。 
 
この辺りはココナツが名産である。 
 
 
アメリカ軍は北ベトナムのベトコンの奇襲作戦に翻弄され、遂に空から枯葉剤を撒くことにより、地上の視界の確保を狙った。 
これが非人道的な行為で、後に多くの奇形児が生まれることになってしまった。 
 
事務所に飾ってあった奇形児の写真集。 
 
 
この団体の事務所を訪問し、パソコンとプリンターの寄贈式を行った。 
政府関係の施設には、どこでも故ホーチミン初代大統領の銅像が立っている。北朝鮮のキム親子みたいなものだ。 
ホーチミン氏はキム親子と違って、「ホーおじさん」と呼ばれ国民から親しまれている。 
 
パソコン贈呈式。銅像が故ホーチミン大統領。(ホーおじさん) 
 
 
関係者の会議が始まったので、私は静かにしていた。 
ところが突然、議長が私を指名して「何か話してくれ」と言う。 
私は焦ったが「日本も戦時中にアメリカ軍により、広島、長崎に原爆を落とされた歴史があるので、みなさんの気持ちはよく分かる」と話したら、みんなも広島、長崎は知っており、仲間意識が芽生えたようだった。 
 
みんなでレストランで食事。 
 
 
その後に、枯葉剤による奇形児の父子家庭を訪問し、家の贈呈式を行った。この家もESUHAI社で建設費の大部分を寄贈した。 
家の奥では奇形児が寝ていた。こん睡状態のようだ。 
頭が普通の子供の3倍ほどもあり、こういうのに弱い私は見ていられない。 
 
この家の建設資金を提供した。 
 
 
「子供の写真を撮ってもいい」と言われても、私はとてもそんなことは出来ない。この子の母は奇形児が生まれた為に家出をしてしまい、今も行方不明である。 
 
政府関係者も列席して式典が始まった。 
私が事務所で広島、長崎の話をしたこともあり、みなさんに紹介されてしまった。政府関係者、ボランティア団体、村長などが次々と挨拶をする。 そして、家に貼る贈呈のプレートと寄付金が渡されて贈呈式は終った。 
 
家の贈呈式。(立っている若い方がお父さん。右の女の子は姉妹。 
育てているのは右端のお婆さん。女の子には奇形は出ていない) 
 
 
(おまけの話) 
家の贈呈式の次は、私は貧困家庭の訪問である。 
これはどこかで見たことがある風景と思ったら、日本の皇族の公務である。(笑) 
 
車で30分も走った村落に着いた。 
そこから細い道をバイクで行く。 
バイクも入れない奥に、その家はあった。 
 
車が入れないので、ココナツ林の中をバイクで行く。 
 
 
ヤシの葉で覆われた日本でいうところの茅葺屋根の家で、今にも潰れそうだ。子供が3人とも、枯葉剤の影響で病気だと言う。 
畑も持っていないので、仕事は臨時雇いの土木作業員らしい。 
 
その家で政府関係者やボランティア団体の人達が現状を視察している。 
私は見ていられない。  
どういうわけか奇形児は男子に多く、90%が男子だそうだ。 
 
壊れそうな家。何も無い。 
家の中に立派なキリスト教のマリア像があった。 
 
 
こんな侘しい村落にも立派な家が何軒かある。 
どうやら外国に働きに行って、お金を稼いで建てたらしい。 
それが今までの田舎の良さを持った地域社会を破壊しないかと、私は心配になった。 
 
発展し続けるベトナムで、思いも掛けずにベトナムの暗部を覗き見た。 
 
こんな壊れそうな家にもテレビだけがあった。入り口奥の光がテレビです。 
 
 
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心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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