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[2019.03.14]
■昔の実習生と再会する【7】(SONG NHAT HOTEL から)
(2013.8.14) 
 
ベトナムに来て、嬉しい出会いがあった。 
14年前に私がまだ現役の時に、私が社長をしていた会社にやって来たベトナムからの実習生・ハンさんとの再会である。 
 
再会場所まで日本語学校の生徒にバイクで送ってもらった。(バイクの上から撮影) 
 


(昔話)ある日、私の会社にベトナム人の青年がやって来た。その人こそが私が現在、顧問をしている会社の社長のソンさんである。 
 
彼は偶然、私の会社の近くに住んでいて、日本の大学を卒業した後にベトナム人を日本企業に紹介する会社に就職し、その会社で営業をしていたのである。 
その「受注第一号」が私の会社だったと、後で本人から聞いた。 
 
再会場所のファースト・ホテル。 
 
 
その時に私はすぐにベトナム人実習生を採用することを決め、ホーチミン市に面接に行った。そして採用したのが、Aとハンという2名の青年だった。  
Aは頭があまり良くなく、日本語の習得も遅く、会社は苦労した。 
一方、ハンは大学卒で頭も良く、滞在中に日本語もかなり上手になった。 
 
ファースト・ホテルのロビー。 
 
 
(今の話) 
ハンさんとは近くの日本料理店で待ち合わせた。 
店に入ると、既に来ていたハンさんは懐かしそうに近付いて来た。 
少し年は取ったが、昔の面影がある。 
 
いまは35歳にになり、結婚もして5歳の子供がいると言う。 
私の会社で働き、300万円くらいの金を貯めてベトナムに戻り、田舎に家も建て、余ったお金で大型バイクの販売会社を作ったという。 
 
私の会社で働いてくれた元実習生のハンさん。 
 
 
一時はだいぶ景気も良く、奥さんを日本に連れて行き、1ヶ月も滞在したそうだ。また、ホーチミン市に家も買い、日本に行ったことで自分の人生が大きく変ったと言っていた。 
 
ソン社長もそうだが、私に関係した人達が成功するのを見るのは、なにより嬉しい。これからも私が教えた日本語学校の生徒の中から、大きな成功を掴む人が出て来るだろう。 
それを見るまで、生きていたいものである。 
 
久し振りにハンさんと会う。 日本料理のランチ(18万ドン・・・900円はベトナムでは高い) 
 
 
(おまけの話) 
2人の内の1人のAの話である。 
ある時、彼は仕事が手に付かず泣いていた。  
事務所に呼んで通訳を介して話を聞いたところ、「母親が3ヶ月前に既に亡くなっていた。それを家族は自分に知らせてくれなかった」ということが分かった。 
 
デザート売りのオバサン。 
 
 
Aは毎月1回、ベトナムの実家に電話するのが楽しみだったようだ。 
電話をする度に、母親と話していたAは、ある時から「母親はいま忙しい」とか、「出掛けている」と言われるようになった。 
 
そこで、次の月は日時を決めて、母親に家に居るように頼んだ。 
そしてその日になった。 
その時に、Aは衝撃を受ける話を聞いたのである。 
「母親は3ヶ月前に亡くなっている」。 
 
その日の夕食に学生と食べた「ボクォ」。ベトナムのビーフシチューのようなもの。 
 
 
なぜそんなことになったのか? 
これは家族が母親の亡くなったことをAに知らせると、Aがベトナムに戻って来てしまう。そうなると、お金が日本から届かなくなってしまう。それを嫌ったのである。 
 
悲しい話である。 
そこで会社が往復の航空券を買い、1週間の休暇も与えたのである。 
 
ココナツ屋。ここで買ってストローで飲む。(35円) 
 
 
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心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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