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[2019.03.06]
■田舎の生活【1】(SONG NHAT HOTEL から)
(2013.7.13)  
 
日本語学校の生徒達に旅行に誘われた。 
目的地はホーチミンから南に170キロくらい行ったところにあるベンテー県バオツアン村という場所である。 
 
このマイクロバスで3時間15分。 


ここは女生徒の中の1人の故郷で、クラスの20人中18人が行くそうで、それに私も参加を希望された。 
特に断る理由も無いので行くことにしたが、これが大変な旅であることが後から分かる。 
 
後からバイクで来た生徒達。 暑くないのか、女性のライダーはみな厚着である。 
 
 
生徒達はバイクの2人乗りで行くそうだが、私は副校長のM女史の「バイクは危険だからバスで行って下さい」というアドバイスに従いバスにした。バスといっても定期運行のバスではなく、乗り合いチャーター便のようなもので、同じ方面の人達が集まって一緒に行くのである。 
 
車窓から見る風景。雨期のせいか川の水がが多い。 
 
 
集合場所は普通の民家の前で、既にマイクロバスが来ていて数人の人が乗っている。 
予定では11時30分に出発ということだが、運転手もいないし、いつになったら出発するのか分からない。 
 
途中で1回だけ、ドライブインでトイレ休憩をする。 
 
 
12時15分になり、15席の椅子が満席となったところでバスは出発した。私に同行するのは、比較的に日本語が分かる女生徒1人と男子生徒2人である。料金は家の前まで行ってくれて、7万ドン(350円)である。 
 
着いた田舎はただの田舎だった。 
平地で山も無く、景色が良いとは言えない。 
米作の本場なので、田圃は多い。 
 
家の近くは沼地が多い。 
 
 
しかし日本のように苗を植えるのではなく種まき方式なので、田圃は雑然としていて美しさに欠ける。  
今晩の宿をお世話になる女生徒の家は、米作りと塩作りで生計を立てている。お母さんは親戚総出でご飯の用意をしている。 
 
後でM副校長に聞いたら、「日本人の先生が我が家に来るというのは、村ではとても自慢なのです」と言っていた。 
 
親戚まで総出で、食事の準備。地面にしゃがんで野菜を切る。 
 
 
この村に水道は無い。 
雨水をカメに溜めて、それで全ての生活をしている。 
飲み水は雨水を煮沸して飲む。トイレは肥溜めのポッタン方式である。 
電気は貴重品なのか、2ヶ所くらいしか電灯は無く家の中は暗い。冷蔵庫などはあるはずもない。 
 
当然だが、ガスなど無いから焚き木でご飯を炊いたり、煮物をする。 
ニワトリやガチョウが庭先を歩き廻っている。  
平成の時代の東京から来た私は、なんだか明治時代にタイムスリップしてしまった。 
 
カマド小屋は火災を恐れて、母屋とは別にある。 
 
 
(おまけの話) 
晩ご飯の後は、みんなが集まり私の話を聞きたがる。 
延々と話をしたが、日本語がよく出来ない彼らにどこまで分かったか? 
ゆっくり、易しい言葉に置き換えて話すので、こちらも疲れる。 
 
ニワトリが遊ぶ庭先。 昔の日本の田舎のようだ。 
 
 
11時半になったので、風呂に入って寝ることにする。 
風呂場に案内されてビックリした。 
家の裏手の藁葺き屋根の小屋に、水を溜めたカメが置いてあるだけである。 
 
その水をすくって体にかける。電灯が無いので真っ暗で何も見えない。 
男の生徒が私が体を洗う間中、懐中電灯で照らしてくれていた。 
これでは入浴とはほど遠いが、笑い話の経験であった。 
 
庭でしゃがんでお母さんが魚を捌く。 右のカメは雨水を溜める。 
 
 
入浴後は生徒達はその辺にごろ寝である。 
私だけにベッドを用意してくれていた。 
懐かしい蚊帳付きのベッドで、熟睡出来そうだ。 
 
ところが横になってみたら、とても寝られる代物ではない。 
マットレスどころか、敷物も無いベッドは竹で出来ている。 
横になったら竹がゴツゴツしていて、体中が痛くなりとても寝られそうにない。 
 
それでも客人の為に用意されたガタピシと音を出し続ける扇風機もあり、特別扱いに感謝してウトウトしながら朝を迎えた。 
 
南国らしく「ハイビスカス」の花が咲いている。 
 
 
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心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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