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[2018.11.05]
■明治神宮の流鏑馬(やぶさめ) 
11月3日は「文化の日」で、祝日である。 
なぜ11月3日が文化の日なのかと調べてみたら、色々な事情が見えて来た。先ずは、この日は明治天皇の誕生日である。 
明治時代は「天長節」と呼び、昭和になって「明治節」と呼ばれた。 
 
6頭の射手の騎馬武者が登場。 


その後、昭和20年8月15日に日本は第二次世界大戦で敗戦を迎え、GHQの占領下に入った。 
そして昭和21年に新憲法が公布されたのが、11月3日である。 
これは偶然だろうか? 
 
また昭和天皇の誕生日の4月29日にA級戦犯28人が東京裁判で起訴され、平成天皇の誕生日の12月23日にA級戦犯7人が処刑されたのも偶然だろうか? 
 
6人の射手の中で1人だけ女性がいた。 
 
 
占領下の日本はマッカーサーのやりたい放題だった。 
私の生まれは戦争中だったので、戦後のマッカーサーの率いる進駐軍の行いは少しは覚えている。 
 
この偶然はマッカーサーに聞いてみなければ分からないが、そのマッカーサーも既に墓の下である。 
日本の歴代の天皇誕生日に、戦後の日本の歴史を見るようだ。 
 
スタート地点で合図を待つ。 
 
 
・・というわけで、11月3日に私は明治神宮に参拝に行った。 
明治神宮は明治天皇を祀っている神社である。 
ここはファッションの街である原宿にあるので、外国人観光客も多く訪れる場所である。 
今年の明治神宮は「明治維新150年奉祝秋の大祭」で、明治祭は10月27日から11月3日であった。 
 
1番的を射て、次の的に向かう射手。(馬場の長さは218メートル) 
 
 
今回の大祭の私の最大の目的は「流鏑馬」の写真を撮ることである。 
テレビでは何度も見たことがあるが、現場で見たことが無いので、混雑を覚悟で撮影に行った。 
 
午後1時から始まる流鏑馬だが、初めての経験なので状況が分からないので11時に現地に行く。 
さすがに早過ぎたが、それでも来ている人は20人以上はいた。 
 
次の的を射るまでに、わずか4〜5秒なので間に合わない武者もいる。 
 
 
良い場所は招待客席で、各国大使や弓馬会の関係者席となっている。 
幸いに大木の前が空いていたので、ここなら立っていても文句は言われないと思った。 
アナウンサーの女性が日本語と英語で流鏑馬の説明をしてくれる。 
それによると明治神宮で行われる流鏑馬の団体は、800年の歴史を持っているそうだ。 
 
馬はかなりのスピードで走る。 
 
 
どこで調べたか、見物客に外国人が非常に多い。 
外国の報道局が、ビデオ撮影をしていた。 
VIP招待客はテントの中で2番目の的の真正面だが、一般客はテントがジャマで撮影には向かない。 
 
私は1番的と2番的の中間の「大日本弓馬会」の後ろに陣取った。 
幸いにそこはシートが敷かれ、招待客はそこに座るので撮影の邪魔にはならなかった。 
 
的に当てるのは、かなり難しいと感じた。 
 
 
(おまけの話) 
早く現地に行ったお陰で、流鏑馬の練習風景が見られた。 
正式な衣装は着ていないが、撮影ポイントやシャッター・スピードなどの調整が出来た。 
 
まだ1時間以上はあるので、コンビニで買って来たおにぎりを食べる。 
その頃には私の後ろには、もう五重くらいの人垣が出来ていた。 
 
この女性射手は3つの的を全て射抜いた。 
 
 
午後1時を過ぎて、流鏑馬に出る武者達が神主の先導で馬場を進む。 
お披露目の儀式をしてから、観客席の人達に向かいお祓いをする。 
そしていよいよ発走である。武者が射る的は3ヵ所にある。 
練習の時と違い思ったより馬のスピードは速く、アッという間に目の前を走り抜ける。 
 
正面席はVIP用なので、的を射るのを後ろから見る。 
 
 
6人の武者が次々と的を射る。 
最初の的は当たるが、次の的までの4〜5秒の間に矢をつがえて二番矢を射るのでなかなか当たらない。 
 
私の見たところでは、50%くらいしか当たらない。 
その中で女性の武者が、3ヶ所の的を全て射抜いたのに驚いた。 
戦国絵巻を無料で見せてもらい、なんだか申し訳ない気持ちになった文化の日だった。 
 
1回目が終り、射手たちがスタート地点に戻る。 
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▼コメント(1)
名前:シンジ  2018.11.06 06:45:03
正装した馬と射手の美しいこと。 

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プロフィール
心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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