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[2019.01.11]
■福助とは何か?
まだ松が取れないお正月なので、おめでたい「福助」の話である。 
「福助」を知らない、見たことが無いという日本人はいないと思う。 
その福助に付いて書かれた本を図書館で借りて来た。 
著者は荒俣宏で、彼は江戸文化に詳しいし、普通の人では気が付かない変なものに興味を持って、それを本に書いて出版している変な人である。 
 
「福助さん」・・・著者(荒俣宏) 
 


福助が歴史に登場したのは1773年のことで、 それ以来、色々な福助伝説がある。 
一番有名なのは京都の呉服屋「大文字屋」の店主の話で、彼は頭が大きく背が小さかった。それでも商売を熱心に行い店は大繁盛した。 
 
また店主は貧しい人達にも施しをしたので、町の人が店主にあやかろうと福助人形を作って 祈った。 
だから現在でも京都の人は福助のことを「大文字」と呼んでいる。 
 
 
 
 
他にもいくつかの伝説があるが、どれも福助は頭が大きく背が小さく働き者である。 
多くの日本人が知っている福助は、実は「福助足袋」の商標登録である。 ところがこの商標登録にも、明治33年にトラブルが発生した。 
福助足袋の前身である「丸福辻本商店」は1882年に創業された。 
 
丸福足袋の福助は手に扇子を持っている。 
 
 
そして福助マークを作って使っていたら、和歌山の「丸福足袋」に商標登録侵害で訴えられた。 
丸福足袋の商標は「福助が裃姿で扇子を持って座っている」形で、どうやら丸福辻本商店が真似したのではないかと思われる。 
 
裁判の結果は丸福辻本商店の負けで、以来、使えなくなった。 
そんな時に丸福辻本商店の息子が旅先で古い「福助がお辞儀をしている人形」を見付けて、それを買って帰った。 
 
福助足袋は「正座、お辞儀」が特徴である。 
 
 
それを商標登録して、店の名前も「福助足袋」と改めたところ、これが大ヒットとなり全国に知れ渡り、扇子を持つ本家の福助マークの丸福足袋を駆逐したという歴史がある。それが現在も残っている会社で、社名は「株式会社 福助」となっている。製造している商品も足袋からストッキング、ファッションへと変化しているが、相変わらず福助のキャラクターは使い続けている。 
 
 
 
さて、ここから福助の謎に迫る。「なぜ福助は福耳なの?」 
【耳たぶが大きくふくらんだ福耳は人相学で言うところの富裕の相である。お金持ちになれる耳の形は中国で広まった発想で、それが日本にも入って来た】。昔からみんなお金持ちになりたかったのである。 
 
 
 
「福助はなぜ正座しているの?」 
【昔の日本では座る姿勢も「あぐら」や「立てひざ」が多く、正座はほとんど普及していなかった。 
江戸時代に入り、武家の作法が禅の立ち居振る舞いをもとに決められ、小笠原流作法によって 正座が正式な座り方となった】。 
だから福助もお客様を迎えるために正座をしているのである。 
 
「福助はなぜ座布団をしいているの?」 
【財をなした大文字屋の主人「福助」を「神のお客」として迎えるための礼儀である】。 
 
 
(おまけの話) 
ある時、近くのトリトンスクエアで友人達と集まってお茶をすることになった。私は少し早めに行ったので、ベンチに腰掛けて本を読んでいた。そして待合わせ時間が近付いたので、トイレに行った。 
 
「福助はなぜ子供なの?」 
【もともとは福々しい童顔の大人だったのが、時代と共に子供の顔になったのである】。 
 
 
戻って来たら、私が窓のパイプに掛けておいた雨傘が無い。 
私の傘はバーバリー製なので、そんなに安くはない。 
その辺りを探し回っていたら、窓の外に白人の女性3人組が歩いているのが見えた。 
そして手に持っているのが私の傘のように見えた。 
 
「福助はなぜ裃をつけているの?」 
【福助は店先に置かれるので、衣着を正して出迎えることを象徴する姿になっているのである】。 
 
 
すぐに追い駆けて、3人組に声を掛けた。 
「オイ!、それは俺の傘だ!」と日本語で言ったら、その白人女は慌てて私に傘を差し出した。 
その時は自分の傘が戻った安心感で、それ以上のことは考えなかった。 
 
家に帰ってからよく考えたら、「謝れ!」とか、「警察に行こう!」などと脅せば良かった。中国人だけがマナーが悪いと思っていたら、最近は白人もマナーが悪い。 
私から傘を盗んだ白人女よ! 福助の爪の垢でも煎じて飲め! 
 
「福助足袋」のマーク。 盗まれそうになった私の傘。 
 
 
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心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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