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[2018.10.09]
■台湾紀行(9)・・・・台中でフリータイム
この日は古さんと頼さん兄弟2人は用事があるとのことで、また私と一緒に日本から来た頼俊蒼も2日前に帰国した。 
私もたまには1人になりたいので、この日はフリータイムとすることになった。 しかしいつものように午前5時には起きてしまう。 
テレビを見ながら、午前6時30分に朝食のレストランが開くのを待つ。 
 
二両編成用のバス停のデザインはモダンである。ブルーの二両編成バスが停まっている。 


食後にホテルのフロントに行き、市バスの乗り方を教えてもらう。 
私は台中市内でよく見掛ける、2両編成のバスに是非とも乗ってみたかったからだ。バスに乗るにはバスカードを買う必要がある。 
日本のPASMOやSUICAと同じであるが、日本と違い現金で乗ることは出来ない。  
 
第二市場に行ってみた。 
日本時代も市場で、100年経った今もその建物を使っている。 
 
 
台湾ならどこにでもあるセブンイレブンで100元でカードを買い、同時に100元くらいをチャージしておく。 
バスに乗る時に乗車口でセンサーにタッチし、降りる時にまたタッチする。 
 
ところが嬉しいことに、台中市では乗車距離が10キロまでは誰でも無料となる。だから倹約したい人は10キロ未満で下車して、次のバスに乗る。これを繰り返せば、どこまでも無料で行けるのである。 
 
市場内は食堂になっていた。 
 
 
近くのセブンイレブンでバスカードを買ってから、ガイドブックにあった第2市場へウォーキングで行く。市場といっても暗くて、野菜・果物・肉・魚などは商っていなかった。 
庶民的な食堂が何軒かあるだけで、市場の形をしているだけだった。 
幟が立っていて、「第2市場100周年」と書いてあった。 
壁には昔の写真が貼ってあり、当時の賑わいが偲ばれた。 
 
二両編成バスの最後部の座席から前方を見ると、運転席は遠い。 
 
 
次はバスである。台中駅まで歩き、2両編成のバスを探す。 
1両のバスが多いが、そのバスが日本のバスの1.5倍くらいの長さがある。2両編成となると、とんでもなく長い。 
バスの正面には大きくデジタル表示で、行き先とバス番号が出ている。 
それを頼りにバス停を探す。あまりに多くのバス停があり、外国人には分からない。 
 
台中市のメイン道路は12車線。     バスカード(EASY CARD)  
日本時代に台中市内から台中港に物資を運ぶために作られた。 
 
 
バス待ちの若い女性に日本語で聞いたが、日本語は通じない。英語で聞いたが駄目だった。バスの番号を紙に書いて示したら、バス停まで連れて行ってくれた。台湾人も親切である。 
 
バスが来たので一番後ろの席に座る。そこから一番前を見ると、かなり遠くに見える。特に目的地は無いので、東海大学というバス停で降りた。 
やることもないので、また逆方向のバスに乗り、新光三越前で降りた。 
 
バスは中国製で音はうるさいし、乗り心地が悪い(1両バスで) 
 
 
台中市には日本の三越とSOGOデパートがある。 
三越に入ると地下1階にフードコートがあったので、火鍋屋のサンプルを眺めていた。すると店のオバサンが盛んに勧める鍋があった。 
仕方ないので、それを注文しお金を払う。 
 
すると赤い丸い呼び出し用の電子器具を渡された。火鍋が出来たら、それがブルルッと震えた。 
火鍋を取りに行ってテーブルで食べたら、美味しかった。 
 
三越デパートのライオンが変だ。 注文の料理が出来ると、これが震える。 
 
 
(おまけの話) 
この日は台湾での最後の夕食となる。 
そこで私はお世話になった古さんと頼兄弟2人を夕食に招待した。 
店は頼さんに任せた。午後6時に古さんがホテルに迎えに来てくれた。 
そして向かった先は日本料理店だった。 
構えも立派で、内装も和風である。値段も高そうである。 
私は客家人ではないので、ケチらないことにした。 
 
3人を招待した日本料理店。 
 
 
出て来た料理は和食ではなく、和風の中華料理だった。 
なんとも変な料理で、煮魚も出て来るし、サツマイモの葉の炒め物も出て来る。 
エビとアスパラの炒め物が美味しかった。最後にお汁粉が出た。 
これで1人1100元(4400円)は高いのか安いのか分からないが、彼らは「美味しい」と言っていた。 
 
エビとアスパラの炒め物。           細いビーフンも美味しかった。 
 
 
最後に総括として、3人に日本に付いて聞いてみた。 
すると「日本時代に教育を受けた人は親日である。蒋介石の国民党時代に教育を受けた50〜70歳くらいの外省人は反日が多い。 
 
若い世代はアニメや日本のファッション、音楽が好きで親日である。 
台湾では歴史教育は大陸の歴史を習い、台湾の歴史を習わない。だから若者はネットで台湾の歴史を勉強している。でも、これから先の台湾の行方が心配だ」。 
彼らと話していると、国際感覚が日本人と違う。日本人はノー天気だなーと思う。 
 
最後に登場したお世話になった人達。 先に帰国した日本に帰化した頼A(右)と、左から頼家の長男(B)次男(C)、私、カメラマン(古D) 
 
(天候・・・晴れ  気温・・・・30度) 
 
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心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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