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[2018.10.08]
■台湾紀行(8)・・・・花蓮〜台中
食事も終り夜になり部屋でテレビを見ていたら、古さんの部屋から電話があった。「明日の朝は早起きして、日の出の写真を撮りに行こう」と言う。 
 
私は朝の早いのは問題ないので、午前5時に空を確認してから古さんに電話することにした。そして、午前5時になり外を見ると、雨が降っていた。 
 
花蓮の海岸の風景。天気が良ければ、素晴らしい光景だと思う。 


台湾滞在中で初めての雨である。 
晴れ男の私も1週間以上も晴れを続けさせるのは無理だ。 
仕方ないので、また寝て、午前6時30分の出発となった。 
また朝食抜きだ。 
 
海岸線に出ると景色が素晴らしい。 
もし晴れていたら絶景だろうと悔やむ。 
大理石の山と深い海が間近なので、海の色が真っ青に見える。美しい! 
 
崖の岩は大理石である。 
 
 
この道路は伊豆半島の道路より交通事情が悪く、他に全く抜け道が無い。しかも道路は大型車やダンプカーが行列して走っていて、なかなか追い越せない。仕方ないので日本の演歌を聴いたり、どうでも良い話をダラダラと話す。 
 
でも古さんは喜んでいる。私から日本の情報を得られるのと、「こんなに長い時間、しかも毎日、日本語を話したことはない。お蔭で日本語が上手になった」と言ってくれた。 
 
鉄道も走っている。 
 
 
途中の町で朝飯となる。野菜入り饅頭(日本のお焼き)とスープで75元(300円)だった。 
台北の少し前から高速道路に乗る。どこにも料金所が無い。 
私は台湾の高速道路は無料だと思っていた。 
 
ところが古さんと一緒の時間が長いので、色々な話題になり、「高速道路は有料です。ゲートは無いが、ETCでお金を払っている」と知った。 
「へ〜、聞いてみるものだ」と感じた。 
 
大型トラックが何を運んでいるのか? 過積載でノロノロ運転。 
 
 
台湾の民族は元々台湾にいた少数民族の現地人が2%、昔に台湾にやって来た台湾人が60%、蒋介石に連れられて来た外省人が30%、客家人が8%くらいの割合だそうだ。 
 
外省人は国民党支持、その他は民主進歩党の支持だそうだ。 
1996年までは国民党は大陸での選挙が出来ないからという理由で、大陸で選出された議員の選挙を行わなかったので議席が固定化し、国民党の多数派が続いた。 
 
台北の少し目では雨だが、東側海岸に出たら晴れていた。 
中央山脈の西と東では天気が大いに違う。 
 
 
日本人にも馴染みのある李登輝総統(国民党・本省人)が選挙で選ばれてから、台湾の民主化が始まった。だから、まだ民主化されて20年も経っていないのである。 
こんな政治の話から宗教、演歌、金融、歴史観、日本との関係、今後の人生などを語っている内に台中に到着した。 
 
ランチは最近流行りのレストランに行ったが、それでも2人で625元だった。午後から用事のある古さんにホテルまで送ってもらい、そこで別れた。 
 
台中の商店街の前はバイクの駐車場になっている。(本当は駐車禁止) 
 
 
頼さん家族は客家人である。だからケチである。 
古さんも客家人だが、お爺さんの時代に客家の考えを止めたそうだ。 
止めたと言っても血統は消せないので、「客家の言葉は覚えず、集団で住まず、自分の理想で生きる」ことを選んだそうだ。 
 
だから古さんはいつも財布の紐が緩い。 
それだけ稼げるのも、紐が緩い理由だろうと思う。 
今回の旅は古さんがいなかったら実現しなかった。良い経験をさせてもらったと思う。 
 
旧日本時代の建物が随所に残されている。 
 
 
(おまけの話) 
午後から銀行へ行った。現地通貨の元が少なくなって来たことがある。 
ただ多く引き出してしまうと、使い切れなくて余るのも困る。 
そこで台湾銀行のATMでCITIBANKカードで2000元だけ引き出すことにした。ATMで試しに中国語を選んでやってみた。 
順調に進んだと思ったら、現金が出て来ない。 
 
「長崎カステラ」は本物かどうか分からない(これも日本時代の建物) 
建物の下は法律で、必ず歩行者用の通路を作らなければならない。 
 
 
仕方ないので、窓口に行って「日本語の分かる人はいませんか?」と聞いた。だが誰も日本語が分からない。 
カードと印刷されたペーパーを見比べるだけで、誰も何がなんだか分からない。私も状況が分からない。 
仕方ないので、英語で「誰か一緒にATMのところに来てくれ」と言った。 
 
日本時代の市役所跡のカフェには、「明治四十四年」と誇らしげに書いてある。1911年は明治44年である。 
 
 
何人かが、興味本位でゾロゾロと付いて来る。 
そして銀行員が言語のところで「English」を選び、順調に2000元を引き出した。「No problem」と言われてしまった。 
今さら「言語で中国語を選んだ」とも言えず、日本語で「ありがとう」と言って、その場を逃げるように去ったのである。 
外国で、変なことはしちゃいけないと反省した。 
 
帰る前に「もう一度食べよう」と思っていたので、1人で食べに行った。 
添え物のカステラ、煮小豆、タピオカは美味しくないので食べなかった。 
 
(天候・・・花蓮/雨 台中/晴れ。 気温・・・花蓮/26度 台中/31度) 
 
 
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心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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