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[2019.04.12]
 
最近はあまり聞かなくなってしまった言葉に、「花まつり」がある。 
これは仏教では「お釈迦様の誕生を祝う祭」であり、私の子供の頃には身近な行事だった。 
お釈迦様が生まれた時に、空から甘露の雨が降りそそいだことから、誕生仏に甘茶を掛けてお祝いするようになったのだそうだ。 
 
築地本願寺の手水舎から見る本堂。(1934年に伊藤忠太氏の設計で再建された) 


なぜこんな話になったかというと、新聞の折り込み広告に「築地本願寺の花まつり」のお知らせのチラシが入っていたからである。 
それによると、4月7日(日)の午前10時から午後4時まで、本願寺で色々なイベントがあるようだが、殆どのイベントが子供向けだった。 
 
1923年の関東大震災で焼失してしまった昔の築地本願寺。 
 
 
築地本願寺は開かれたお寺を目指して、色々な企画を打ち出している。 
なにしろ住職に当たる宗務長が以前は大手銀行管理職からコンサルタント会社を経て、現在もコンサルタント会社の代表取締役で、MBAも取得している異例の宗教家である。 
だからやることが進んでいて、銀座通りにサテライト寺院も出している。 
 
「花まつり」の稚児行列に登場した、お釈迦様の誕生に縁がある「白い象」。 
 
 
次男でお墓の無かった私は宗派を変えてこのお寺の門徒となり、毎月16日は午前7時からの僧侶の読経に参加して、その後の「朝がゆ」を楽しみにしている不真面目な門徒である。 
 
「花まつり」の様子を見に行った私は、最近になって本を読んで知った「間新六」と「酒井抱水」の碑を見に行った。 
 
本殿の読経の後のイベント「大江戸助六太鼓」。 
 
 
「間 新六」とは、忠臣蔵で有名な「四十七士」の中の1人で、ただ1人だけ泉岳寺に葬られていない義士である。 
 
この事情は「毛利邸で切腹した間新六は縁婿が遺骸を引き取り、菩提寺の築地本願寺に葬ったことによるそうだ。当時の切腹はかなり形式的になっていて、腹を切る前に介錯人が首を切り落とすのが当りまえのところを、新六のみは介錯人が刀を振り下ろす前に腹一文字に切って果てたと言われている。 
 
浄土真宗の宗祖である「親鸞聖人」の像。本尊は「阿弥陀如来」。 
 
 
更に後になって話しを面白くするために、「間新六は討ち入り後の引き揚げの途中、通りかかった菩提寺の築地本願寺に五両の金と共に槍を投げ入れて、(菩提を弔ってくれ)と願ったと言われていて、その槍は非公開だが現在も本願寺に安置されている。」というのは作り話のようだ。 
でも間新六の小さな墓は確かにあった。 
 
義士の中の1人である「間新六」の墓。 
 
 
その他には江戸時代の絵師で「酒井抱水」の墓もある。 
現在は築地本願寺の境内にはこの2人の墓ともう1人の墓以外には、供養塔しかないようだ。 
 
酒井抱水は江戸琳派の創始的絵師で、「なんでも鑑定団」にも時々、偽物が登場する。基本的に築地本願寺では墓地は郊外に作られた場所で、この場所に墓を持ちたければ私のようにロッカー式になる。 
 
「酒井抱水」の墓。 
 
 
(おまけの話) 
俳人の松尾芭蕉は深川に住み、そこから「奥の細道」に出発した。 
そんな縁から、この辺りには松尾芭蕉の碑も多く見られる。 
ネット情報で初めて知ったが、築地本願寺に松尾芭蕉の碑があると知った。 
 
同じくネットで、築地本願寺と松尾芭蕉の縁を調べたが、全く分からなかった。 
 
戦前の台湾物故者の供養塔。 
 
 
「花まつり」の日に築地本願寺で松尾芭蕉の碑の写真を撮りに行ったが、どこに無い。守衛に聞いても分からないので、家に帰ってからネットで調べた。 
 
すると「本願寺の境内の整備の際に、取り払われた」と分かった。 
その理由は「当院と松尾芭蕉との特別な縁が無いから」ということのようだった。 
 
「大瀛和上」の墓。(三業惑乱という法論で有名) 
 
 
「それなら最初から碑など立てなきゃ良かったのに・・・」と思ったが、まあいいかー。 
 
そこで最近はアメリカでも英語の俳句が流行っているそうなので、松尾芭蕉の有名な句を英語で調べてみた。 
 
「古池や 蛙飛び込む 水の音」・・・「Old pond /Frogs Jumped in/Sound of water」 
 
私はバイリンガルじゃないので分からないが、この英訳でアメリカ人に俳句の心が伝わっているのか心配だ。 
 
正面を入って右側の一角は、お墓と供養塔の場所になっている。 
[2019.04.11]
 
東京では3月21日に開花宣言が出された。 
その後、東京と言っても場所によって違うが、4月3日頃が満開日だった。4月6日が土曜日で、7日が日曜日だったので、この週末がお花見の最盛期だった。 
日曜日の夜に雨が降ったので、桜はこの日で最後となった。 
 
橋の上から大横川の上流を見る。 
[2019.04.10]
 
桜の話題が続いているが、今回はチューリップである。 
臨海副都心で「臨海副都心チューリップ・フェスティバル 2019】が開催されている。桜のお花見に飽きたので、チューリップを見に行った。 
勝どき駅から都バスに乗って、終点の東京ビッグサイトで降りる。 
 
愛犬を花壇の中に入れて撮影するマナーの悪い女性。 
[2019.04.09]
 
女房が「今年は桜を見ていない」と言うので、晴れた土曜日に門前仲町に行き、大横川の桜を見ることにした。門前仲町はマンション前から都バスに乗れば、13分で着く。 
 
勝どきから清澄通りを北に進むと「もんじゃ」の月島を通り越し、相生橋を渡ると江東区になる。 
 
大横川の桜は満開だった(江東区門前仲町) 
[2019.04.08]
 
銀座と言えば「柳」である。 
それを連想するのは戦前生まれの人で、昔の歌謡曲の「東京行進曲」を覚えている人である。 
 
曲名「東京行進曲」、作詞「西条八十」、作曲「中山晋平」。 
 
「昔恋しい 銀座の柳 仇名年増を誰が知ろ ジャズで踊って リキュルで更けて 明けりゃ ダンサーの涙雨」 
 
毎年5月には外堀通りで「銀座柳まつり」が行なわれ、芸者さんも登場する。 
[2019.04.05]
 
学生時代の友人達と「都心を歩く会」を作って楽しんでいる。 
この会のスタート時点では「秘湯研究会」で、日本各地の秘湯を巡る旅をしていた。それが写真好きが増えて、「デジカメクラブ」となった。 
家族からは「ジジ・カメクラブじゃないの?」とバカにされていた。 
 
井の頭公園に入ると、目の前に井の頭池の中頃を東西に分ける七井橋がある。 
[2019.04.04]
3月のある日のことである。 
パソコンを開いたら、懐かしい人からメールが届いていた。 
その人はベトナム人で、15年以上も前に私の会社で実習生として働いていたXさんだった。 
彼は現在はホーチミン市郊外で、油圧装置の製造をする会社の社長となっている。 
 
日曜日の新宿駅は大混雑。 
[2019.04.03]
 
最近のお花見シーズンの都心は、どこもかしこも外国人観光客だらけである。わざわざ日本のお花見に合わせて来日する人も多いと聞いた。 
外国人が好んで行く東京の桜の名所は上野公園、千鳥ヶ淵、小石川後楽園、新宿御苑、皇居東御苑、目黒川、六本木ミッドタウン、六本木ヒルズ辺りだと思う。 
 
大鳥居を入った右側の桜(靖国神社)3月28日 
[2019.04.01]
 
東京では3月21日に開花が宣言された。 
開花を宣言するための桜の木を「標準木」といい、靖国神社にある。 
最近は「なんでも見てやろう」という人が増えたのか、以前には無かった柵が標準木の周りに出来ている。 
 
他人のことを言えた柄じゃないが、団塊の世代がリタイアしてから、どこもかしこも興味本位で見に来る人が増えて来ている。 
 
国立劇場の桜は満開(3月27日) 
[2019.03.29]
 
テレビで時々「超常現象」のような番組をやっている。 
UFOは定番で、幽霊、オカルト写真、中には単なるお笑い現象もある。 
人は「怖いもの見たさ」というのがある限り、このような番組は無くならないだろうと思う。 
ところが私と周りの人達には、本当の超常現象を体験している。 
 
豊洲市場は午前5時過ぎから、通路を人が歩いている。 
プロフィール
心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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