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[2020.02.23]
 
宿の2日目の朝はいつものように、早く起きてしまった。 
せっかく旅に出たのだから、ゆっくり寝ていれば良いものだとは分かっている。 
 
でも長年の習慣は身に沁みついてしまっているので、自然に目が覚める。もっともこの年になると、ズーと「目が覚めない」のも恐ろしい。 
 
朝食の料理は全て地元産の素材を使い、とても豪華だった。 
[2020.02.22]
 
2月15日から1泊2日の短い旅に出た。 
今回は兵庫県の北の外れの、日本海に面した浜坂町である。 
 
浜坂に行くのは厄介で、単線の山陰本線でジーゼル列車に乗ってしか行けない。東京から行くには新大阪駅、鳥取駅経由で、約7時間も掛る。 
 
駅の改札を出ると、なんか寂しい町だった。(左側が観光案内所) 
[2020.02.20]
(2018年02月12日) 
 
朝起きて窓を開けたら雪が降っていた。駐車場に停めた車も雪が積もっている。朝食を食べて、宿の女将と娘さんと一緒に記念撮影をする。 
 
昨夜の人生相談で家族の秘密を聞かされて、なんだかすごく親しい関係になってしまった。 
「茅葺の里」の写真に納得がいっていなかったので、今日の目的地と方向は違うがもう一度、撮影に戻る。 
 
 茅葺の里も雪で屋根が真っ白になっていた。 
[2020.02.19]
(2018年02月09日) 
 
この日の朝は前夜が熟睡した後なので、頭がスッキリしている。 
窓から外を見たら、暗い中を漁船が2艘出て行くのが見えた。 
その背景にはボンヤリと舟屋が見えている。 
 
晴れなのか?、曇りなのかはまだ分からない。 
昔は舟屋の数だけ漁師がいたそうだが、漁師の息子が大学へ行くような時代になり、今では漁師も少なくなってしまったそうだ。 
 
朝になり、太陽の光が当った舟屋。(私が泊った向かい側の舟屋の宿から撮影) 
 
[2020.02.18]
(2018年02月07日) 
 
レンタカーはMさんの予算の関係で、小型の日産マーチだった。 
まあ2人だけなので狭くはないが、乗り心地は悪い。 
とりあえずは「間人」に向かう。この単語は私の書き間違いではない。 
 
間人を読める人はかなりのグルメで、これは「たいざ」と読み、ズワイガニのブランド地名である。Mさんは「間人でズワイガニを食べよう」と言うので、私は大賛成だった。 
 
一般道は降り止まぬ新雪で、どこまでが道路か分からず走り難い。 
[2020.02.17]
(2018年02月05日) 
 
 
マンションの友人達と1ヶ月に1度のカラオケをやった。 
その時に私が歌ったのは谷村新司の作詞で、今は伝説の歌手となった山口百恵が歌って大ヒットした「いい日 旅立ち」だった。 
この歌はJR(当時は国鉄)の旅行誘致キャンペーンの為に作られた歌だった。 
 
東京駅八重洲口のJR高速バス乗り場 
 
[2020.02.14]
(2018年02月28日) 
 
 
また早起きしてしまった。 
仕方ないので、1人で露天風呂に行く。昨夜の「ねぶた」は片付けられていて、少し寂しい。 
 
風呂から出ると、イベント会場の舞台で、「ラジオ体操」が始まった。 
このラジオ体操が可笑しい。「津軽弁ラジオ体操」といい、津軽三味線の伴奏で、掛け声は津軽弁でやる。 
 
新雪の上をウサギか、鹿が歩いたか? 
[2020.02.13]
(2018年02月26日) 
 
私は貧乏性なのか、どこにいてもいつものように朝は早く起きてしまう。朝食時間には早過ぎるので、温泉に入りに行く。 
 
誰もいないので、風呂場の床が乾いている。 
7時15分になったので、1人でレストランに朝食を食べに行く。 
朝食を食べてしまったら、やることが無いので外に出て写真を撮る。 
 
朝起きたら、部屋は雪に埋もれていた。 
[2020.02.12]
(2018年02月23日) 
 
女房の誕生日が近付いて来た。昨年は大した祝いをしなかったので、私はかなり不評だった。 
 
私は自分の誕生日など墓場に近付くだけだから、全く「目出度くない」と思っているので女房も同じかと勝手に思っていた。そこで今年は早くから計画して、2泊3日で青森の温泉に行くことにした。 
 
東京駅発・東北新幹線「はやぶさ11号」 
 
 
[2020.02.09]
(2017年02月08日) 
 
毎年、2月が巡って来ると思い出すことが3つある。 
それは「女房の誕生日」、「鮟鱇(あんこう)鍋」、「H君のこと」の3つである。女房の誕生日は忘れると家庭不和になるので、年の初めに手帳に書いておく。 
 
「あんこう鍋」は勿来(なこそ)にあった、今は閉店した加納屋の「どぶ汁」である。最後の「H君のこと」は2年前の2月に、勿来で交通事故で亡くなったことである。 
 
「はとバス」に乗ったのは60年ぶりくらいか? 
 
プロフィール
心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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