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[2020.02.11]
 
中国の武漢を発生元とする「新型コロナウィルス」の猛威が止まらない。テレビのニュース番組も、このニュースで持ち切りである。 
このウィルスがどれほど怖いかは知らないが、他人から移されたくはない。 
 
だから出掛ける時は「人混みを避ける」、「マスクをする」、「帰って来たら念入りに手洗いをする」をしている。「仕事も無いのだから、出掛けなきゃよい」と言われれば「その通り」である。 
でも「出掛けたい」のであるから仕方ない。 
 
2月9日(午後4時30分) 
(今回の写真は私の住むマンションの49階にあるスカイラウンジから撮影したダイヤモンド富士です。二重ガラス越しの上、モヤでハッキリ写らない)。 
[2020.01.27]
 
今年も春節がやって来た。そして中国人が大挙してやって来る。 
春節は日本の旧正月のことで、日本でも1872年までは旧暦を使っていたから、その時までは旧正月を祝っていた。 
 
日本人は割合に頭の切り替えが早いので、すぐに新正月に馴染んだようだ。 
 
銀座通りに観光バスが停まる。すると中国人団体が降りて来る。 
いつもの見慣れた光景である。 
[2020.01.07]
 
12月29日の朝にメールを開いたら、懐かしい人からメールが届いていた。それはベトナム人の若い女性のFさんだった。 
メールには「29日の夜行バスで神戸から東京駅に着く。久し振りに会いたい」とあった。 
 
前日の連絡なので、今回の私は用事があり午前中しか空いていない。 
彼女は以前に実習生として日本で働き、帰国後に再度、留学生で日本に来たのである。 
 
東京駅丸の内口で。 
[2019.12.21]
(2016年12月07日) 
 
ベトナム人で日本人も知っている名前と言えば、ホーチミンが有名である。正式には「ホー・チ・ミン」という名前で、ベトナム戦争後の統一ベトナム民主共和国の初代首席であり、国民からは「ホーおじさん」と呼ばれて親しまれている。 
 
しかし少し時代を遡ると、フランスの圧政から独立を目指し日本に密航して勉強をし、当時のベトナムの若者達に大いに影響を与えた男がいた。 
 
ファン・ボウ・チャウ 
 
【ファン・ボイ・チャウと浅羽喜太郎の交流】  
[2019.12.18]
(2015年12月09日) 
 
パリのテロ事件により放送が延期となっていた「未来世紀ジパング」の放送が、やっと12月7日になり放送となった。 
番組のサブタイトルは「池上彰が行く、アジア沸騰街道900キロ」である。 
 
テレビ番組「未来世紀ジパング」より。 
[2019.12.08]
(2015年12月29日) 
 
台湾旅行中に気の付いたことや、疑問に感じたことを書き記してみた。 
私達の滞在中は冬なのに、67年振りという30度を越す暑さで参った。 
 
私は半そでシャツで汗をかいているのに、台北の女性はダウン・ジャケットを着ている人が多い。お洒落のつもりか、寒がり屋なのか不明だが、相当の我慢が必要なはずだ。 
 
左は「花生豆花」、右は「愛玉」。どちらも40元。 
 
 
[2019.12.07]
(2015年12月28日) 
 
ホテルの朝食はバイキング方式である。 
1日目は洋食、2日目は和食を食べたので、最終日は中華料理とする。 
 
ウーロン茶をもらい、「お粥」をメインにして中華料理のおかずを食べる。3日目ともなると、朝食レストランの係員も顔馴染みとなり、愛想が良い。 
 
中心街の中山。左右に三越デパートがある。 
 
 
[2019.12.06]
(2015年12月27日) 
 
 
朝食を1人で食べてから部屋で少し休み、10時なったので3人で外に出掛ける。地下鉄の「東門駅の店で買いたいものがある」と娘が言うので、お付き合いである。 
 
この街は日本人観光客が多く来るようで、日本語の看板が多い。 
目当てのお茶屋が分らず、ウロウロして地元のお兄さんに聞く。 
 
町はバイクが多く、ベトナムを思い出す。 
でもベトナムと違い、バイクも交通ルールを守っている。 
[2019.12.05]
(2015年12月26日) 
 
2日目は出来るだけ地下鉄を利用して移動をすることにした。 
台北の地下鉄は「路線が6つ」あり、大体のところには地下鉄で行ける。 
 
車両は川崎重工業製とシーメンス製の2種類があり、ホームには開閉式のドアがある。 
 
台北の地下鉄ホーム。 
[2019.12.04]
(2015年12月25日) 
 
「勝どき通信」の定期便が来ないので、「入院でもしたかな?」と思っていた人もいるかもしれないが、実は家族3人で3泊4日の台湾旅行に行っていました。 
 
今回が私にとって人生最後の海外旅行になりそうなので、女房、娘の希望を何でも受け入れて気ままな旅をして来た。 
 
「EVA航空」はハローキティでお出迎え 
プロフィール
心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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