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[2008.05.13]
前日はホテルにチェックインした後に、新宿界隈を徒歩で散策し、その後にノンストップで都内の主だった場所をドライブした。 
『東京は緑が多いな〜』というのがKさん夫妻の感想であった。 
2日目は午前9時にKさん夫妻は電車で私の住む町の武蔵小金井駅までやって来た。 
イコロ農園のTさんから預かったSUICAもどうやら使えたらしい。私は切符しか見たことのないKさんには無理だと思っていた。 


我が家で一休みした後に市内の東京江戸建物園を見に行く。 
ここは今までにも何回もこのブログに登場している場所だが、イコロ農園のTさんの強力な推薦があり今回の私の企画に採用された。 
 
 
公園の中ほどに立ったKさんはその素晴らしい空間に感嘆の声を上げた。 
『こんなに広い緑の多い空間が東京にあるとは思いもしなかった。田舎である伊達にも町の中にはこんな緑も自然も無い。伊達の市会議員はこういう場所に視察に来て欲しい。伊達の歴史の杜に体育館を建てることに反対する橋本さんの言う意味が分かった』と市政にまで話は飛躍した。 
 
折角の上京なので、午後からはビルを見ても仕方ないので富士山に行くことにする。 
中央高速道路で2時間走ると山中湖に着く。 
少し霞がかかっているが、それでも雪を被った頂上までハッキリと見える。 
生まれて初めて間近で見る富士山に感動する2人であった。 
 
 
『エゾ富士とはスケールが違うな〜。裾野が美しいな〜』といつまでも見惚れている。空気も爽やかで気持ちの良い日である。 
 
小金井観光社(私のこと)の橋本ドライバーの添乗で、小金井から山中湖へと、普通の観光では行けないコースに大満足の2人であった。 
帰りは東名高速道を使って都内に出て、麻布でうなぎの名店『野田岩』に寄り、『こんな美味しいうなぎは初めて食べた』と、一日中『初めて』を連発するKさんを午後7時に京王プラザに送って、今日の観光は終った。 
明日はKさんのお嬢さんが飛び入り参加しての都内名所巡りである。 
 
(夕食) 麻布で、うなぎ屋『野田岩』 
 
(おまけの話) 
東京江戸建物園でのことである。 
古い農家の入口に『カマドに火が入っています』と表示があった。 
なにしろKさんは炉を作るのが仕事であるから、ここは外せないと思った。中に入ると、ボランティアのオジサンが形だけカマドに火をくべていた。 
 
そこで私は『この人達はわざわわざ北海道の伊達市からここを見に来たんですよー』と言ったら、そのオジサンは『伊達に友人がいる』と言う。 
そして『その友人はなんだか家柄が良いと言ってたな〜』と言うので、『その人の名前はなんですか?』と聞いた。 
するとそのオジサンの答えにビックリした。『田村さんです』と言うではないか! 
更に『大きなお寺のすぐ傍に住んでいると言ってたな〜』と言う。 
もう間違いない。伊達藩の家老の子孫の田村さんである。 
私は昨年の夏に札幌に野田画伯の個展を見に行った時にバスの中で知り合った仲だ。その後、彼の自宅に趣味の昆虫を見せてもらいにも行っている。 
小金井公園で田村さんの話が出るとは思わなかった。 
また、『世間は狭い』と感じた日であった。 
[2008.05.12]
ゴールデンウイークが終ったら伊達市からKさん夫妻がやって来た。 
Kさんはイコロ農園に五右衛門風呂や飯炊き釜を作る時に、本職の築炉家として大いに貢献してくれた人である。 
いつもニコニコとしていて、誰からも愛されていて、私は彼を尊敬している。私もこんな年寄りになりたいと願っているが、なれそうにない。 
[2008.05.09]
我が家にはウズベキスタンからやって来た元ノラ猫のラーちゃんがいることは既にみんな知っていると思う。 
最近は外の猫に病気が蔓延しているので、外に出さないようにしている。でも、外に出たいラーちゃんはいつも私達のスキを狙っている。 
冬の間は部屋のガラス戸も閉めたままだから問題ないのだが、5月にもなり暑くなって来ると網戸にする。 
その時は網戸をガムテープで留めているが、それでも時々それを破って逃亡することがある。 
[2008.05.08]
東京には昔から上野動物園と井の頭動物園があった。 
上野動物園には子供の頃から何回も行っている。 
井の頭動物園は近いのだが、動物が少なく、貧弱なのであまり行かない。 
多摩動物園は今年で50周年だと聞いたが、もうそんなに経ったのかー?それじゃ、私も年をとるわけだと納得した。 
[2008.05.07]
伊達市からは色々な人達が上京して来る。 
彼らは東京に用事があり、そのついでに我が家に立ち寄ってくれる。 
それは私がかなり強引に呼ぶせいもあると思う。 
そんな中で伊達市大滝地区からOさん夫妻が上京した。 
横浜で行われる親戚の結婚式に出る為だという。 
[2008.05.02]
ハワイでの仏像展が成功したことに気を良くして、今度は『北海道伊達市の大雄寺で仏像展をやろう』と私が言い出したことにE先生は嫌な顔もせず賛同してくれた。北海道は本州の人にとっては憧れの地である。 
その北海道の伊達市で仏像展を開催となれば、行きたい人は沢山居るだろうというのが私の読みである。 
[2008.05.01]
デジカメクラブの4月の会合を我が家で開いた。 
集まったのは全部で8人で、現役は2人だった。 
1人は近くの会社の社長で、もう1人はこのクラブの会長のM君で週に2日だけ会社に出勤する役員という恵まれた人だ。 
前会長のN君は大学の専務理事になってしまい、忙しくて殆ど会合には出られなくなってしまった。 
『社会のお役に立てる人はそうした方が良い』というのが私の考えだ。そうなると残りの6人は社会のお役に立てないのか?とクレームが来そうだ。そこは個人的な問題なので、よく分らない。 
[2008.04.30]
インターフォンが鳴ったので、居間の液晶画面を開いて見た。すると塀に絡まっている蔦が春の目覚めか、大きく葉を伸ばしていて画面が良く見えない。そこで、外に出て、邪魔な葉を切り取った。 
数日経った頃、ピンポーンとインターフォンが鳴った。 
そこで画面を見たら宅急便が来たようだが、その前面に蟻がウロウロしている。 
[2008.04.28]
立川でパスポートの書き換えをして、駅ビルで女房と一緒に昼食を食べた。 
入った店は中華料理店だったが、出迎えてくれたウエイトレスが白人だった。怪しい日本語で、『いらっしゃいませ。お2人様ですか?』と聞いてきた。 
中国人ならまだ分かるが、その違和感にギョッとした。 
頼んだ定食の味より、彼女がどういう理由で日本に来て、しかも立川の駅ビルの中華料理店で働くようになったのかが気になって仕方なかった。 
白人女性が日本の中華料理店で働くほど、日本も国際化されたと言うべきか? 
[2008.04.25]
私が初めてパスポートを手にしたのは、今から44年前の3月だった。当時のパスポートは今よりももっと大きく、威厳があったように覚えている。 
まだ成田空港は無かったので、そのパスポートを持って勇んで羽田空港からニューヨークに出発した。 
今のように渡航が自由化されていなかったので、外国へ行くにはそれなりの理由がなければパスポートの発行さえされなかった。また、目的地の国もビザが無ければ入ることが出来なかった。 
よく年寄りは『昔は良かった』なんて言うが、外国旅行に関しては今の方がずっと良くなった。 
 
  
プロフィール
心の伊達市民 橋本
心の伊達市民 橋本
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ている東京出身の橋本氏。ここ数年は伊達の知人が多くなり、伊達に来てのんびりするどころか、各方面からひっぱりだこの売れっ子移住者。トーヤレイクG.C.コテージに滞在。 
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