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[2019.03.20]
(2016.8.11) 
 
 
2013年に続き2016年も同じホテルに泊まった。ベトナム最終日の9日は翌日の帰国便が早いので、帰り支度をしなければならなかった。 
スーツケースをベッドの上に乗せて開く。 
 
プラ篭を9個も買ってしまったので、それだけでもういっぱいである。 
明日の朝の出発時間が早いので、フロントで明日までのホテル代と洗濯代を清算する。 
 
S社ベトナムのS社長とS副社長。(油圧装置のメンテナンスが本業) 


この辺りでは私の滞在しているホテルは高級の方だが、9日間分の宿泊費の清算は全部で日本の高級ホテルの1泊分で済んだ。 
なにしろ9日間の洗濯代がパンツやハンカチまで出してアイロンまでしてくれて、なんとたったの2250000ドン(1125円)だった。 
これではベトナム人の実習生達が日本で働きたいわけだ。 
 
昼飯は3人で日系イオンモールで東京ラーメン。 
麺は延びているし、汁の温度が低い。いまひとつだ。 
 
 
この日は、10周年記念パーティの時に出会ったSさんを訪問する約束になっていた。タクシーで15分くらいのところにSさんの新しく移転した事務所はあった。Sさんとは私が現役の時からの友人である。 
 
会社の前で私を出迎えてくれた男に驚いた。 
この人は私の会社の取引先の課長だった人である。 
ベトナムに来て私は現役時代に引き戻されてしまったような気分で、3人で昔話を楽しんだ。 
 
元実習生のハンさん(今は社長)。建設中の工場の前で。 
 
 
次に訪問したのがSさんに所在を確認した、私の良く知るベトナム人のハンさんである。 
ソン社長が大学を卒業したばかりで営業マンをしていた時に、ソンさんは私の会社にベトナム人実習生を売り込みに来た。 
 
その時に採用した2人の内の1人がハンさんである。 
現在は会社を興し、私が訪問した時に丁度、土地を買い3階建の工場兼住居を建設中だった。 
 
油圧装置の製造とメンテナンス。この光景は懐かしかった。 
 
 
ハンさんは私の会社で働いたことを感謝していて、「是非とも会社の新築記念として植樹をして欲しい」と言って用意してあったザボンの木の苗木を持って来た。 
なんだか変な成り行きとなり、恥ずかしかったが希望を叶えて植樹をした。ハンさんは「この木が大きくなり、ザボンの実が付いたら、また来て下さい」と言うが、そこまでは無理だ。 
 
工場の入口で植樹の為の穴を掘る。 
 
 
しばらく積もる話をしていた中で、ハンさんから驚くべき話が出て来た。当時のことであるが、もう1人、実習生がいた。 
彼の名はAといい、帰国が迫ったある日、どこかへ逃亡してしまった。その後のことが分からなかったが、今回の訪問でハンさんから驚く話を聞くことになった。 
 
ザボンの苗木を植える。実が付くのは何年先か? 
 
 
Aは逃亡後、どこかで働いていたが、1年ほど前に警察に摘発されて、ベトナムに強制送還されていた。その理由は、日本人女性と偽装結婚をして入管に出頭し、正規の労働ビザの取得をしようとした。そして入管に逃亡の過去と偽装結婚を見破られて、強制送還となったのである。 
 
今回のベトナム訪問でも、驚くことが多かった。だから私はボケるのが「徐々」なのかもしれない。 
その夜はベトナムに戻っていた実習生の女性から電話があったので、一緒にバインセオを食べた。 
 
元実習生で、2ヶ月前に帰国したNさんとバインセオを食べる。 
彼女は以前に東京見物に来て、私のマンションのゲストルームに泊まったことがある。 
 
 
(おまけの話) 
ベトナムに来る時はボストンバッグ1個は全てお土産だった。 
だから帰りは荷物が軽くなると考えていたのが大間違いだった。 
 
忙しい私に、東京の家から女房と娘が色々と注文を出して来た。 
1区に行って買って来たプラ篭の写真を送ったら、「デザインが気に入った。友達にもプレゼントするから、もっと欲しい」とメールが来た。 
 
東京の女房から「もっと」という指示が来たので、もう4つ買いに行った。 
 
 
ここで断ると、帰ってからが怖い。 
仕方ないので、翌日に1人でタクシーに乗って買いに行った。 
これで終りかと思ったら、色々な先生方が私にプレゼントをくれる。 
私の帰りの荷物のことなど考えていない。 
 
寝ない方のベッドの上に広げたお土産。 
 
 
ベッドの上に持って帰るお土産を広げてみた。「どうすりゃいいの?」という感じだ。その上にM女史は「これは蓮のお茶です。珍しいです。帰るまで冷蔵庫に入れて下さい」と言う。 
勘弁して欲しい。冷蔵庫に保管するようなものはお土産に向かないのにー! 
 
帰りはまるで発展途上国から、先進国へ買い出しに来たジジイ状態となってしまった。 
 
 
 
[2019.03.19]
(2016.8.07)ここから2013年から飛んで2016年の話。 
 
いよいよ今回のベトナム旅行のハイライトである「ESUHAI創立10周年記念」の式典の日となった。 
準備やリハーサルの為に早く行く先生達とタクシーに乗る。 
会場のホテル日航サイゴンは、ホーチミン市ではかなりの高級ホテルである。 
 
ESUHAIの美女たちと記念撮影。 
[2019.03.18]
(2013年9月26日) 
 
最近の日本では家族の縁が薄れて来ている。 
これは経済発展と大いに関係があるようだ。 
特にバブル期に不動産価格の暴騰で、兄弟・姉妹の間でも相続で裁判沙汰になってしまった家族もある。 
 
バイクに4人乗りの家族は普通だが、2人乗り以上は違反である。 
[2019.03.16]
(2013年8月23日) 
 
ベトナムは一般の人達には社会福祉制度が無いので、60歳の定年の後の年金受給は望めないので生活に困る。 
役人や軍人には年金があるが、それも僅かな額である。 
 
Tシャツを売るのはいいが、店主は離れた場所で新聞を読んでいる。 
熱心さに欠ける。 
 
[2019.03.15]
(2013.8.21) 
 
私は毎日、生徒に日本語を教えている。 
休み時間に私が職員室にいたら、会社の受付嬢が私に黙ってなにやら封筒を差し出した。(彼女は日本語が出来ない) 
それは8月18日に行われる彼女の結婚披露宴の招待状だった。 
 
リバーサイド・ホテルの玄関 
 
[2019.03.14]
(2013.8.14) 
 
ベトナムに来て、嬉しい出会いがあった。 
14年前に私がまだ現役の時に、私が社長をしていた会社にやって来たベトナムからの実習生・ハンさんとの再会である。 
 
再会場所まで日本語学校の生徒にバイクで送ってもらった。(バイクの上から撮影) 
 
[2019.03.13]
(2013.7.24) 
 
 
この町での移動手段はバイクであるから、天候に関係無くバイクに乗る。雨が降っても、みんなバイクに乗っている。 
圧倒的に多いのが、「ホンダ」である。 
なにしろバイクの修理屋のことを「HONDA」と言っているくらいだ。 
 
雨の中を合羽を着て走る。 
[2019.03.12]
(2013.7.23) 
 
顧問先のESUHAI社のソン社長の故郷のミトー市を訪問した。 
ホーチミン市から南に2時間くらい行ったところにある町で、南部では古くから発展し、一番大きな町である。 
 
政府外郭団体事務所前で。 右から2番目が元国会議員。 
 
[2019.03.11]
(2013.7.20) 
 
私は外国へ行くと、必ずといっていいほど床屋へ行く。 
床屋というのは、その国の普通の人の生活感覚が分かるからである。 
 
ベトナムに来て、日が経つに連れて髪の毛が伸びているのが気になっていた。通訳として日本語教室の生徒に床屋に連れて行ってもらうことも考えたが、彼らは学校が終るとアルバイトに行っている。 
だからそれも気の毒だと思い、1人で行ってみることにした。 
 
床屋を探して歩いていたら、ドリアン屋があった。 
3万5000ドン(1キロ・・175円) 
[2019.03.08]
(2013.7.15)  
 
2日目の朝は午前6時に起きた。 
竹のベッドでは寝ていられないからである。 
 
食事の後に、この家のお父さんの管理している塩田を見に行った。 
この時期は雨季なので、塩作りはお休みだそうだ。 
今は塩田の中は真水のようで、11月から塩作りが始まるようだ。 
 
塩田とコーさんのお父さん。 
 
プロフィール
心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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