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[2019.05.24]
 
新宿に映画を見に行った。 
映画はあまり面白くなかったので、久しぶりに歌舞伎町に行ってみた。 
歌舞伎町は若者で溢れていて、韓国人の若者グループやカップルが我が物顔で闊歩している。もう私には年齢的にも、新宿の町は無理と思う。 
 
歌舞伎町入口の巨大なパチンコ屋。 


歌舞伎町の猥雑な雰囲気に馴染めず歩いていたら、ビルの案内板に「5F 駄菓子バー」という看板を見付けた。 
「なんだろう?」と思い、興味本位でエレベーターに乗って5階を押した。 
 
ところがエレベーターがいつまでも動かない。 
壁に貼ってある文章を読んだら、「営業時間以外は止まりません」と書いてあった。 
 
「駄菓子屋バー」の案内看板。(歌舞伎町) 
 
 
仕方ないので家に帰ってからネットで 「駄菓子バー・新宿」と調べたら、営業時間は午後4時からで、「テーブルチャージ500円、飲み物1杯を必ず注文、駄菓子は食べ放題」と出ていた。 
 
YOUTUBEでも見たが、酒を飲まない私向きじゃなかったので営業時間外で良かった。しかしこの「駄菓子バー」が、東京都内に5店舗も展開しているとは驚いた。 
 
  懐かしの「駄菓子」 
 
 
その後も、なんとなく駄菓子屋が気になっていた。 
そこで暇人の私はまたネットで調べて、昔ながらの駄菓子屋へ行ってみることにした。 
 
駄菓子屋は銀座にあるはずもないので「駄菓子屋・江東区」をネットで検索したら、驚いたことに数軒がヒットした。 
 
ひっそりした中央銀座の中に、ひっそりと駄菓子屋「ひよこ」はあった。 
 
 
1軒目に訪ねた店は江東区の都営・新宿線の大島(おおじま)駅にある「ひよこ」である。 
駅からはそう遠くない路地を入ったところにある「大島中央銀座」という名の、店舗もあまり無い商店街にその店はあった。店名は「ひよこ」である。しかし店は開いていない。午前11時過ぎだというのにー! 
 
ガラス越しに暗い店内を撮影すると、20円の駄菓子があった。 
 
 
ガラス越しに暗い店内を覗いたら、奥の部屋には明かりが点いている。 
商品の駄菓子も並べられている。値段が見える。「20円」、「30円」、「80円」という値札が見えた。 
 
ここは正統派の駄菓子屋であることは間違いないと思った。 
もしかしたら駄菓子屋は子供相手の商売なので、学校が終る午後から開店するのかもしれない。 
 
駄菓子屋「しんや」は閉店となっていた。もうこの場所では、無理な商売なのか? 
 
 
2軒目は同じく江東区の都営新宿線の西大島駅にある「しんや」である。そのまま新大橋通りを進み、明治通りで右折する。そしてファミリーマートの手前の路地を入ったところに目的の駄菓子屋があるはずだ。 
 
調べて来た住所の場所は、家が解体されて土木工事の最中だった。 
今回の探検は2軒とも空振りだった。 
仕方ないので、「豊洲ららぽーと」内の、お洒落な現代風の駄菓子屋へ行って駄菓子の写真だけ撮って来た。 
 
「豊洲ららぽーと」の3階にある駄菓子屋「夢や」はファッショナブルだった。 
 
 
(おまけの話) 
女房が4日ぶりに京都旅行から帰って来て、お土産を買って来てくれた。そのお土産というのが「幽霊子育飴」であった。 
名前が凄い。 
 
先ず商品に「幽霊」と名が付くのはこの店だけだろう。 
しかも奇をてらっているのではなく創業は1666年で、現在の主人は20代目というから由緒正しい歴史のある店である。 
 
「みなとや幽霊子育飴本舗」の「幽霊子育飴の由来」 
 
 
 
この店は京都では有名で、店名ともなっている「幽霊子育飴」だけを売って450年以上も商売を続けて来ている。さて「幽霊子育飴」だが、その謂れである。 
 
【江村氏の妻が亡くなり埋葬され、数日後にその土の中から子供の泣き声が聞こえて来たので掘り返すと、亡くなった女性が生んだ子供であった。丁度そのころ、毎夜飴を買いに来る女性がいたが、子どもが墓から助けられた後は買いに来なくなった】 
 
京名物「幽霊子育飴」 
 
 
【それ以来、この飴は「幽霊子育ての飴」と呼ばれるようになった。 
その時助けられた子供は8歳で出家し高僧となったとのことである】。 
 
早速、その飴を食べてみた。 
評価は難しい。昔の飴である。駄菓子の一種か? 
 
古い都にはこのような真偽のほどが定かでない話がたくさんある。 
それで代々の子孫が生活し続けられるとは、冷静になって考えてみれば羨ましい。 
 
「幽霊子育飴」は昔のべっ甲飴に似ていて、硬くて甘みが少ない。 
気を付けないと、高齢者は噛むと歯を壊す。 
  
[2019.05.23]
 
夕方の気候も涼しく気持ち良くなったので、家族の誕生祝いに銀座に夕食を食べに行った。 
その日は日曜日だったので、銀座通りは歩行者天国をやっていた。 
 
大勢の外国人観光客が物珍しそうに中央通りを歩き、様々なポーズで写真を撮っている。道路の縁石には、いつものように中国人観光客がアチコチで座り込んでいる。 
 
歩行者天国は観光客で溢れている。 
[2019.05.22]
 
日比谷公園に行ったら、バラがとても綺麗に咲いていた。 
そこで気が付いた。そろそろ都電荒川線のバラも見頃だろう・・・と。 
ホームページを開いたら「都電バラ号を運行」と出ていた。 
それなら「バラ号」に乗ってみようと思い、6月20日に出掛けて行った。 
 
都電「三ノ輪橋駅」・・(荒川線の終点で、すぐに折り返す)。 
[2019.05.21]
 
新聞の折り込みに「東京みなと祭」のパンフレットが入っていた。 
5月18〜19日の2日間、晴海ふ頭と豊洲の船着き場で行われるらしい。そこには「第71回」と書いてあった。 
 
ずいぶんと長い歴史がある祭りだと知った。 
71年前とは1948年で、まだ戦後3年しか経っていない混乱期である。 
 
東京オリンピックの選手村の建設中(晴海ふ頭の客船ターミナル入口から見る) 
[2019.05.20]
毎朝、起きるとメールをチェックする。 
着信しているメールの多くは不要な広告宣伝メールなので、そのまま読まずに削除する。 
 
ところがある日の広告メールに「0円で大興奮。旅好きが惚れる無料観光スポット」というタイトルがあり、それに惹かれてメールを開いてみた。 
 
見学前の説明の休憩時間に、同じ場所にあるDC9-81 のカットモデルの操縦席に座る。(SKY MUSEUM) 
[2019.05.17]
 
もう70年以上も朝食にパンを食べ続けている。 
オヤジが洋行帰りで、米の飯を食べなかったのが影響しているのかもしれない。 
 
結婚してしばらくしてから、朝食は自分で用意して1人で食べる習慣となった。そのせいか、私はパンには少し拘りがある。 
 
毎朝の決りの朝食。 
[2019.05.16]
 
22歳でニューヨーク世界博覧会のスタッフとし渡航した時に、生まれて初めてパスポートというものを手にした。 
それ以来55年間、有効期限が切れる前にズーと更新を続けて来た。 
 
ところが昨年の4月に10年有効のパスポートの期限が来た時に、考えたのである。 
「もう海外には行かないのではないか。だから、もう更新はしない」。 
 
2018年で期限切れとなった赤いパスポート。 
[2019.05.15]
新聞で「夢の島」で第五福竜丸の展示が再開されたと知った。 
「夢の島」とは恥ずかしげもなく、ずいぶんと図々しい名前を付けたものである。 
この島は東京湾に浮かんでいる人工島で色々な過去を持っているが、私の知っているのは「ゴミの埋立地」である。 
 
東京湾の埋め立て地の地図。 
(赤マークの左端の豊海運動公園のすぐ近くが私の住むマンション) 
[2019.05.14]
 
下谷神社の宵闇祭を見た後に地下鉄で銀座に出て、そこからバスで帰ろうと思った。地下鉄が走り出してから気が付いた。 
電車が逆方向に向かっている。 
私は以前から、このような勘違いはよくある。 
 
雷門の前には、まだかなりの人数の外国人観光客がいた。 
[2019.05.13]
 
長い10連休が終ったら、東京は祭りの季節となった。 
5月の代表的な都内の祭りには「三社祭」、「下谷宵闇祭」、「神田祭」、「湯島天満宮例大祭」、「花園神社祭」などがある。 
 
三社祭、神田祭は行ったことがあるが、大混雑で参った覚えがある。 
そこで今回は全部を見に行くのは止めて、神田祭と下谷宵宮祭だけに絞った。 
 
神田祭の開始30分前には、中央通りの両側は見物人で埋まった。 
プロフィール
心の伊達市民 第一号
心の伊達市民 第一号
北海道伊達市に2003年夏より毎年季節移住に来ていた東京出身のH氏。夏の間の3ヵ月間をトーヤレイクヒルG.C.のコテージに滞在していたが、ゴルフ場の閉鎖で滞在先を失う。それ以降は行く先が無く、都心で徘徊の毎日。 
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